熱の条件 | ナノ






アキラside

"裏校則"
それは三月の時点でとっくに知っていた。

「荷物はもう運び入れてあるから、全部あるか確認しておいて。もし無かった場合は僕に言って。部屋は二つ隣だから。寮の決まり事は玄関ドアの内側に貼り付けてあるから、目を通しておいてほしい。食堂の利用時間や就寝時間とか、詳しく書いてある。あと、今は一人部屋だけど、もし転校生が来た場合はこの部屋にあてがわれるから、全面使わないよう注意するように。使ってもいいけど、すぐに片付くようにして。それと、三島くんはインターネット使用の申し込みはしてあるよね?接続の仕方は、そこのテレビ台の中に説明書があるからそれ見てやって」

長いぼさぼさ頭の男は、一気にそう伝えてくる。
アキラは全て理解したが、おそらく、普通の人間なら聞き返すか生返事で済ませるだろう。

「うん、ありがとう。えっと、貫地谷(かんじや)くん」
「どういたしまして」

春休みに入り、アキラは大和の寮へ越して来ていた。
荷物は全て、あてがわれた部屋に運ばれており、寮長である同級生、貫地谷鐐平(かんじやりょうへい)に部屋へ案内されたところだ。
金持ち学校だと聞いていた通り、寮にしては部屋が広い。玄関を入ってすぐ、右側がトイレと収納、左側が洗面所と風呂。その二つに挟まれた、三歩程しか無い廊下の先には八畳のダイニングキッチンに、奥に六畳の洋室が二つ。
普通の2DKマンションの間取りと同じだ。
学生寮と言ったら、狭い室内に二段ベッドと勉強机だけ。風呂は時間指定の大浴場でトイレは廊下にある共同トイレ。と言う印象なだけに、かなり驚愕している。
開け放たれた何も無いダイニングキッチンにはダンボール箱がいくつか置かれていて、それは小さい廊下にも数個置かれている。これからアキラが荷解きをしなければならない。
淡々とした鐐平の説明を受け、さて、荷解きに取り掛かろう。と思っていたが、彼の言葉はまだ続いた。

「それと、僕はもう三島くんがどのクラスに入るのか知っている」
「え、そうなの?」

スリッパを脱いで、部屋に上がったアキラは、その一言に振り返った。
鐐平は玄関先でスリッパを履いたまま、入る気配はなく、そのまま続ける。長い黒髪を掻きあげ、煩わしそうに軽く頭を横に振った。はっきりと見えた顔は男前で、失礼ながらも意外だと思う。

「普通は知らされないけれど、寮長だからって、先生に前もって教えられていたんだ。僕と同じ、二年三組だよ」
「クラスメイトなんだね。宜しく」

右手を差し出したが、意味が判らないのか、鐐平はその手を無視した。
仕方なく手を引っ込め、曖昧な笑みを見せる。
だが、その笑みすらも無視し、硬い表情でアキラを見つめてくる。
何か穏やかではない事があるらしい。

「別に僕と三島くんが同じクラスメイトなだけだったら、何も言わないけれど、少々厄介な人物も同じクラスなんだよ。だから、忠告しないとと思って。もしかしたら必要ないかもしれないけれど」
「厄介な人物?不良、とかかな?ああ、でもこの学校にそんな奴いないか」

表向き、素行が良い生徒ばかりだと聞いていたため、そう言い首を傾げて見せた。
鐐平は項をゆっくり掻きながら、愛想がない顔で違うと言う。

「見た目は可愛い男だよ。男だけれど、まるでアイドルのように可愛がられて、人気がある奴だ。彼が通る度に、みんな立ち止まって振り向くし、彼がやりたいと立候補した係りや委員会などは、彼とペアになるべくみんな競争して立候補していた。ファンクラブまである」
「男なのに?男相手に、可愛いって言うのは不思議だね。しかもそんなアイドル扱いって」
「容姿の美醜に関して、男も女も関係ないだろう。三島くんは宝塚の男役を見ても、女だからカッコイイと言うのはおかしい、と思うのかい?」
「それは思わないけど、男が男にアイドル扱いされているっていうのは、俺の知らない感覚だなと思ってさ」

確かに容姿が可愛い男は前の学校でも居た。女装させたら、確実にその辺の女子より可愛くなるであろうというクラスメイトはいたし、よく女子から「可愛い可愛い」と愛されていた。
しかし、それはマスコット的な意味で愛されていたのであって、アイドル扱いをしていたわけではない。ファンクラブなんて無かったし、同じ委員になりたいからと立候補の競争合戦があったことなんてない。
ましてやそれが、男が男にだなんて

『無いなー』

そんなホモのようなことは今まで見たことがない。

「…それって、その彼がアイドルに憧れていたりして、アイドルキャラになって、周りがそのキャラ設定に付き合ってやってるって訳じゃなくて、真面目に可愛がってるってことかい?…まあ、無いなぁ…」

素直にそう言うと、鐐平は頷く。

「ああ、そうだね。それは平常な感覚だと思う。至って普通だ。でもここは、その平常な感覚が逆におかしい世界なんだ。男が男に惚れ、ちやほやして甘やかし、まるで女子のように扱い愛する。そういう所だよ。みんな何処かおかしい。でも、その人物の容姿が飛び抜けて美しく可愛い事には変わらないし、そういう感想を持つのは正常な感覚だと思う」

どうも鐐平は理屈っぽいというか回りくどい性格のようだ。アキラは「だから何?」といった表情を見せた。その人物はそんなに厄介な奴なのだろうか?それならさっさと話してほしい。
そんな意味を込めて見つめると、意味が通じたようだ。