抱きしめて×抱きしめた | ナノ


 


 20.



『今日はありがとうございました』

「いえ、こちらこそ面白い話しひとつも出来ないつまらない男で申し訳無いです」

『そんな事無いですよ、楽しかったです。では』


普段では考えられへん、3時間程の長い食事を終えて頭を下げたら不意に息で笑う声が聞こえた。
“妹さん大事にしてあげて下さい”
それがホテルを出る直前に見合い相手から言われた言葉やった。


「…………………」


正直、思ってたより良い女やったと思う。教頭の紹介っちゅうだけで偏見を持ってたけど、控え目な性格と口調、穏やかに笑う顔は人並み以上に品があって綺麗。お粗末な俺なんかが相手するには勿体無い相手や。
せやのに、それだけの人を前にしても「名前ちゃんとは違うんや」って思わされるばっかりで。笑い方が違う、甘えがない、気遣いが大人過ぎる。挙げるとキリが無くて、せやから無意識に口にしてたんや。

妹が落ち着くまで自分の事は考えられません

それからは初めて出逢った時の話しから始まって延々とこれまでの過去を口にしてた気がする。向こうにとっては何の面白味も無いやろうし、それどころか度を超えたシスコンぶりに気持ち悪いとか、鬱陶しいとか思ってた筈やのにずっと笑って聞いてくれてた。
ええ人やったんやなって、思わされる。


「でも俺があかんわなぁ…」


ホテルを抜けた途端、漸く吸えると胸ポケットから煙草を取り出して喰わえたなら、溜息と一緒に白い煙が空へ舞った。
前向きに考えるなんや言うた癖にいざ他の女を前にすれば一歩引いてしもて。結局俺にはまだ時間が足りひんくて、これからも消えへん想いを引きずりながらやいと前へ進めへんのかなって、思った。


「、鍵、閉めた筈やねんけど…」


自嘲めいた様で、それでも改めて本心を見れた時、家のドアノブに手を掛けたらそのままドアが開く。
まさか不用心に鍵を閉め忘れたんか、まあ空き巣にあったって困る事なんやこれっぽっちも無いねんけどなぁ。でも、閉め忘れやなくてもし、合い鍵で開いたとしたら?


「………………――――」


柄にもなく、恐る恐る音を消して部屋と入るとやっぱり、愛しい背中があった。
クッションを抱えて体育座りしてるのは拗ねてる時。そか、今日の事知ってるんやなぁ…。


『、オサムちゃん?!』

「……………………」

『お、おかえり…』

「名前ちゃん、何で此処に居るんや?」

『それは、』

「来たらあかんて、言うたやろ?」

『で、でもオサムちゃん今日、』

「話しなら名前ちゃんの家でも出来る」

『――――――』


冷たいなって自分でも思う。
こんな言い方する日が来るなんや夢にも思ってなかった。


『――、だけど、断ったんだよね…?』

「…それはまだ、分からへんよ?」

『え、』

「会うて数時間、たったそれだけで分からへんやろぉ?」

『なにそれ……じゃあこれからも会うの?会って好きになるの?好きになったら結婚するの?』

「未来の事言われても困るなぁ」

『否定、しないんだ…』

「………………」


自分の彼女へ依存する気持ちは我慢出来る。大人やから、その仮面を被り続けたらええだけやから。
せやけど名前ちゃんは違う。今俺が望み通り否定すれば、彼女は安堵してまた依存を断ち切るタイミングを失ってしまう。
でも、な?


『いや、だ』

「、」

『やっぱり嫌だ!!オサムちゃんに好きな人なんか嫌!結婚してもっと離れてくなんて考えたく、ない――ひっ、……』

「―――――――」


俺に対してのタイミングも、悪いねんで。


「―――っ、早く、家に帰り」

『嫌だ!絶対帰らない!オサムちゃんがちゃんと話ししてくれるまで帰らないから!オサムちゃんが、違うって、言うまで……っ、』

「…ほな気が済むまで居ったらええ」


眼を合わさんと寝室へ入ったら追い掛けて来る。ドンドンと必死にドアを叩いて開けて欲しいって懇願する。オサムちゃん、俺の名前を呼び続ける。

あかん。あかんねんそういうの。
泣き顔なんか見たくなくて、慰め役にはなっても泣かせた事なんや一度も無かった。せやのに泣かせてしもた。
見合いして、俺も彼女から卒業するきっかけにする筈やったのに駄目で、比較すればするほど余計に思い出して苦しくなった。見ず知らずの相手に対してでも、彼女の話をしてると楽しくて幸せで満たされた。

だから、今このタイミングでこれ以上、顔を合わせてられへんかった。


『オサムちゃん!!開けて、出て来てよ…お願いだから、オサムちゃん……』


嗚咽の混じった声を聞いてはごめん、ごめんな、そればっかり繰り返して口唇を噛み締めた。


(20121002)


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