君が咲いて僕も、咲いた。 | ナノ


 


 0.4


こんなにも鮮やかに焼き付いた笑顔が、ずっと続きますように。



0.4 一生 (黒尾)



『花子、今日どうだった?』


中学と高校、学校が離れた今、部活が終わった後は高架下で3人が集まってはボールを転がした。
特に心配をしてる訳でもないけど、そんな顔して研磨は今日の青春について説明を乞う。


『ちゃんとお礼言ったよー?』

『そうなの?』

『ちゃんと絶交だとも言った』

『そうなの?』


絶対伝わらないであろう壊滅的発言にも研磨は動じない。話しを振った割りに本当はどうでもいいんだろうかと思わされる。
素知らぬフリをして突っ込まなきゃならない俺の気持ちも少しは考えて欲しい。


「馬鹿、お礼からの絶交って意味分かんねぇって」

『何で分かんないの?馬鹿はクロでしょ?』

「何でだよ」

『研磨は意味分かるよね?』

『うん』

「嘘だ」

『分かるでしょ、告白にお礼言って、俺とクロの悪口言われたから絶交って言ったんでしょ』

『さっすが研磨ー!クロと違ってお利口さん』


今の会話でどうやったらそこまで伝わるんだ。
ちょっと変わってる者同士、何か伝わるものがあるのか。真面目に突っ込んだ俺の台詞を返せ。


「で、その後は?」

『うーん、多分友達』

「なら良かったじゃん」

『うん、良い事だと思う』

『はい!アタシ頑張りました!』


頑張ったと言うよりは、普通に喋ってただけに見えたけどな。失笑を飲み込んでボールを研磨に挙げた瞬間。


『花子!!黒尾!!』

「、」

『あっ、やっ君ー!何してるのー』

『俺はコンビニ帰り!何してるはそっち!』


またしても夜久が現れる。


「……お前、今日神出鬼没過ぎだろ」

『煩い』

『どういう事?』

「花子は気にするな」

『うん?』

『っていうか、誰』

「研磨は初めてだもんなぁ」

『研磨研磨、これがやっ君だよ』


あー、例の、散々アイツから聞いた名前に研磨は納得して、夜久も夜久でこれが噂の研磨だと納得した。あっちもこっちもアイツのお陰で初対面が初対面じゃなくなる。口数が多く素直な奴はこんなメリットがあるのかと知った。(デメリットでもあるかもしれないが)


『まさかお前、部活終わってからも練習してんの?』

「学校では研磨と出来ないからな」

『アタシも!課題とゲームしながら見てる!』

『花子は動かな過ぎ』

『何だよそれ、早く言ってくれれば俺も参加したのに』

『本当ー?やっ君も練習付き合ってくれるの?』

『ん、俺だって上を目指したい』


ってな訳で宜しくな、伸ばされた右手に研磨は一瞬戸惑ったけど、アイツ様様でいつもより少し柔らかい空気で右手を出した。
どうせ来年には研磨も夜久が居るこのチームに入る、少しでも見知った人間と会話してプレイ出来るに越した事は無い。幸い、夜久なら先輩達の様に気を使う必要は無いし、存分に練習が出来る。研磨は何時間も練習なんて嫌がるかもしれないが、此処で力を付けられたらと期待が浮かんだ。


「花子」

『はい。研磨』

『うん。クロ』

「おう」


1時間程ボールを回しての休憩、俺がアイツを呼べばタオルが渡されて、アイツが研磨を呼べばコンプリート出来ないゲームを渡す。そして研磨が俺を呼べばドリンクを渡した。
こんな事すら何年も続ければ、ただの日常でしかないのに、それを見てはひとりツボに入ったかの如く爆笑する。


『あっははは!お前等、なにそれ、ハハッ』

「ん?」

『息ピッタリどころじゃねぇじゃん!マジで本当に凄いな、敵わない筈だよ、ハハハッ!』

『花子、どういう事?』

『うん、分かんない』

『あはは、お前等3人最高って事』

『だって研磨、褒められたみたい!やったね!』

『褒められてる気はしないけど』

「まぁいいじゃねぇか、素直に褒め言葉で受け取れよ」


何となく、夜久の言いたい事が分かった。
ずっと培ってきた関係、絶対的な繋がり、それを易々と超える事が出来ない事。嫉妬以上に笑ってしまえるくらい深いんだって。勿論俺もそれは自覚があって、自信がある。もし誰かが3人を裂こうとしたとしても、結んだ点と点は切れない自信。

だから、こんなにも早く別れが来るとは想像もしてなかった。


「…………ん、」


前夜から雪がちらつく、底冷えする部活休みの日曜日。
昼までは寝る、そう言ったアイツに合わせて布団にくるまってると、あまりの寒さに身震いして眼が覚めた。まだ辺りは暗闇で、携帯画面を開いて眼を細めたら、照らし出したのは午前7時。毎日学校に部活に、規則正しい生活を続ければ同じ時間に起きてしまうのが習慣で、二度寝をしようと寝返りを打つと、ある筈のない人影が視界を塞ぐ。


「っ!!」

『クロ……』

「花子、来てるなら来てるで声掛けろ、ビックリするだろ!」


昼まで寝るって言ってた張本人が朝一番に部屋に居るなんて誰が想像出来たか。サプライズにしてはタチが悪い。ドッキリを仕組まれた気分で、満足に笑ってるであろうアイツに眉を寄せたのに。


『……………………』


ふわり、俺に飛び込んで来る。


「……花子?なんだ、どうした?」

『………………クロも、研磨も、返事、くれないから』


返事?グループトークの事を言ってるのか。
手探りで背中の方へ手を伸ばしてもう一度携帯を見れば、確かに通知があった。アイツから送られたスタンプが10件、しかも午前4時に。


「馬鹿、寝てんの分かってるだろ?」

『アタシが連絡したら、起きると思った』


迷惑メール対策も兼ねて生憎夜はマナーモードだ。
はぁ、溜息が溢れるけどそれは嫌だからじゃない。無茶苦茶言うアイツに呆れて、無茶苦茶言うアイツがやっぱり愛しい。


「はいはい、悪かった」


背中をポンポンと叩いて頭を撫ででやると俺のスエットを掴む握力は強まる。


「何かあったのか?」

『…………うん』

「何だよ」

『クロが、起きないのかと思って』

「ひとしきり寝れば起きるに決まってる」

『そうじゃなくて、アタシが居ても気付かなくて、このままずっと、眼を覚まさないのかって、それくらいぐっすり、寝てたから……』


簡単に俺を殺すなよ、そうは思ってもアイツの声は揺れてて泣きたいのを我慢してる様で。本当は昨日の晩、何かあったんだろう。それを言いたくないのが分かるから、アイツが言いたくなるまでは俺もその言葉に乗る。


「こんなに手の掛かる奴が居たら死にきれないから安心しろ」

『、』

「少なくとも、花子よりは長生きするから」

『……うん』

「それよりな、お前冷たい」

『え?』

「頭も服も雪積もらせてんじゃねぇよ、そこ座れ」


ドライヤーの温風を確認してしっとりした髪に当てるとサラサラ向こうへ流れてく。風の方へ靡くのは当然なのに、逃げないように掴まえたくて、それでも掌からスルリ、指と指の間を抜けてくアイツの髪を見ると……妙な幽愁が襲った。


「……本当、忙しい奴だなぁ」


ドライヤーの暖気にやられたらしいアイツはうつらうつら夢の中。そりゃそうだ、4時に連絡してきて7時に起きてりゃ眠いに決まってる。起こさないように布団を掛けてやればほんの少し、口角が上がった気がした。


「お、研磨も起きてんのか」


丸くなって寝息を立てる隣で携帯が光り、研磨の名前が映る。でも違和感を覚えたのはグループトークじゃなく個人メッセージだった事。


「…………だからか」


そこに書かれてたのは、アイツが、宮城へ行く事。

(昨日、親が話してたの聞いた。花子のお婆ちゃん体調悪いみたい。)

爺さんも数年前に亡くなって、ひとり入退院を繰り返す婆さんが心配だったらしい。アイツの母さんがひとりで行く予定だったのを、アイツが着いて行くと決めた。それも時期外れ、急過ぎるにも程がある次の日曜日には出発だとか。
だからアイツは、泣きたいのに泣かないでいたのか。


「研磨、今から来れるか?」


メッセージの返事は無しに電話を入れ、研磨も招いてアイツが起きるのをじっと待った。


『んー…………、あ、おはよ』

『うん、おはよう花子』

「馬鹿、寝過ぎだ」


3時間は寝ただろうか。打って変わってスッキリした様子で、俺と研磨を交互に映してはヘラヘラ歯を見せた。


「あのね、2人に話しがあります」

『うん』

「何だよ改まって」

『……アタシ、引っ越す。お婆ちゃんのとこ、行く』

「……………………」

『ひとりで居る所為か、ずっと身体悪いみたいで……』


一言喋っては詰まりながら、ゆっくり口を開く。
らしくない申し訳無さそうな愁眉がズキズキと心臓に刺さる。


『えっと、急だけど、1週間後に出発するから、だから、ごめ「お前が決めた事なのか?」』

『、』

「お前がちゃんと考えて決めた事なんだよな?」


だからごめんなさい、
そんな風に謝って欲しくなんかない。


『……うん。お婆ちゃん一緒に居てあげたいって思ったから』

「それならいい。婆ちゃん孝行してこい」

『そうだね、きっと喜ぶと思う』


クロ、研磨、ありがとう
俺達が欲しいのは謝罪じゃなくてその笑顔。
他人行儀に謝られた方が艱苦でしかない。アイツが進む先を照らして行ければ、それが出来れば一番だったけど、アイツが選んだ道なら否定なんて出来やしない。アイツ自身が泣いて喚いてやだやだと首を振るなんてしなかったから。
だから、俺も研磨も、笑顔を作ったんだ。


『黒尾!!』

「おー、朝から元気そうだな夜久」

『何呑気に言ってんだよ!』


翌日、物凄い剣幕で俺の教室まで乗り込んで来た夜久。言いたい事は分かってる、何処からか、それとも本人か、アイツが転校手続きをしたと聞いたんだろう。胸ぐらまで掴んで歪める顔は普段の夜久からは想像出来やしない。
外野すらも一斉に言葉を飲んだ。


『何で引き止めなかった?このまま行かせていいのかよ!』

「花子が行くって言ってるんだから止める必要は無いだろ」

『何でだよ!!お前が一番花子の事考えてるのに黙って行かせるなんて有り得ない!』

「だからだよ」

『、』

「花子の事想ってるから行けって言った」


大事なのは俺の心じゃない。優先順位はアイツの気持ち。


『っ、俺は嫌だからな』

「夜久、」

『花子が居なくなるなんて俺は絶対嫌だ』

「………………」

『お前等程じゃないし、黒尾に比べたら全然足んないけど、やっと出逢えたんだよ、やっと一緒に居る事が日常になったんだよ!なのに、離れるなんて……』


離れるなんて、認めない
続く言葉は容易に分かる。当然、夜久の気持ちも想いも理解る。だけどな、さっきも言ったが俺の優先順位は自分でも無けりゃ夜久でも無い、アイツなんだよ。


「夜久、言いたいならお前の気持ちは伝えるべきだと思う」

『、』

「だけどアイツの気持ちを否定する様な事言ったら許さねぇから」

『ーーーー…………、何なんだよ、』


お前は凄いよ、綺麗過ぎて、怖い
そう小さく漏らして背中を向けた。それは夜久からの褒め言葉だったけど皮肉にしか聞こえ無かった。もし俺も高校で初めてアイツに逢ったとしたなら夜久の様に行くな、と言えたかもしれない。今だって本音を言うなら行って欲しくないに決まってる。このままずっと一緒だと信じて疑った事なんか無かったんだから当たり前だろ?アイツが居なくなってどうすればいいって、本当は焦燥感と恐怖心で押し潰されそうなんだよ。

行くな、行くな、俺と一緒に居ろ。叫べたらどれだけ楽か。
クロ、俺を呼んでついてくる。
クロ、俺を呼んで体温をくれる。
クロ、だいすき、俺を呼んで愛しさをくれた。
ずっと当たり前で焼き付いたそれが消えるって、哀感しか無いだろ。

“花子の事、ちゃんと見てやらなきゃいけないって思った”
“守ってあげなきゃいけないと思う”
それでも俺達が選んだ道はこれなんだ。アイツが後悔しない為に、アイツが笑って居られる為に。これが俺の我儘でエゴだ。

だからな、俺の後悔なんて要らねぇんだよ。




『クロ、研磨、やっ君。それじゃあ行って来ます』
そしてアイツは笑顔で行って、また桜がピンクの道を作る。
研磨は暫く口数が減ったし、夜久も笑わない日が続いた。俺だって愛想笑いを浮かべるだけで苦痛だった。
でも、


『クロ、花子からメッセージ』

「ん?」

(クロと研磨とやっ君が、愛くるしいです)

「…………ハッ、やっぱり花子は馬鹿だな」

『可愛いの間違いじゃなくて?』

「ああ、馬鹿過ぎて“愛くるしい”」


離れてたって、俺の生き方はこれからも変わらない、って気付いた。桜みたいに簡単には散らない。きっと一生、俺はアイツを愛してる。

(花子が、俺の願いなんだ)



(20180304)



prevnext



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -