0.3
見えない糸で結ばれてる今が喜悦で、ずっと守りたいと思う。
0.3 護る (黒尾)
俺達の距離感は何も変わらず、何度目か桜が咲いて俺とアイツは高校生、研磨は中学3年に上がった。
研磨の居ない学校に不満はあるようだったが、アイツは俺に引っ付いてバレー部のマネージャーになった。そこに、夜久が居た。
『やっ君おはよー!!』
『ん、おはよ』
元々温厚な奴だけど(一部の前では除く)アイツが居るだけで穏やかな空気を纏う。俺とアイツがバレー部に入部届けを出しに行った時、2人一緒なのを見て付き合ってるのかと聞かれた。幼馴染だと否定すると、口では「フーン」なんて言いながら思っきり安堵を浮かべてたから直ぐに分かった。好きなんだって。
休憩時間になる度、隣の俺のクラスに来てた所為か、同じクラスの癖に『誰?』、バレー部に入部希望だと分かれば『やっ君』尻尾を振った。初めは気になる程度、それからアイツの横暴ぶりを見ては呆れて、俺達と同じ轍を踏んだんだと思う、放っておけなくなったって。
『むむ』
「何だよその声」
『どした花子』
『これは、ラブレターなるモノじゃないでしょうか』
上履きの上に置かれた、放課後来てと乱雑に書かれたメモ用紙。嬉々を食いしばってこっちを見る。
『ねぇ凄くない??今どき呼び出しなんてあるの?しかも相手は女の子じゃなくて男の子だよ!』
「はいはい分かった分かった、ちゃんと行って来いよ」
『うん、この勇気を称えたい!』
『、そ、そうだよな、ちゃんと返事してやらないとな』
『研磨に電話して報告しとこーっ』
ルンルンと花を撒き散らすアイツの後ろで腑に落ちない顔を向けるのは夜久。研磨に頑張ると言うのを聞いて、上履きを鳴らしながら何か言いたげに俺を映す。
「なんだよその顔」
『……いや、揃いも揃って同じ事言うんだなって。研磨って奴の事までは俺は知らないけど』
「まあ、俺達はそういうもんだからな」
『何だそれ、てっきり俺は止めるのかと思ってたけど』
「これも社会勉強だろ?アイツが向き合うって言ってるのに止める必要ない」
何事も経験だと思う訳よ、ポンと肩を叩いてやっても夜久は益々顔を顰めるだけで、納得いかないのを我慢してるみたいだった。
そりゃ夜久からすればアイツが告白されるなんて良い気分じゃないだろう。俺だって別に両の手挙げて喜んでる訳でもないけどな。ただ、アイツが決めた事を否定したくないだけ。
『じゃあ行ってきます!直ぐに部活行くから!待ってて!』
「おう、頑張れよー」
1日が終わって例の時間を迎えたら、わざわざ報告してから待ち合わせ場所へ行くアイツを見送って。さて、俺ものんびりしてる場合じゃない、と足を出した瞬間、
『何処行く気だよ黒尾』
「、」
『そっち体育館じゃないだろ』
アイツより幾分高い目線で睨んでくる。
俺とした事が面倒な臭いのに捕まった。何が面倒臭いって、逐一説明するのが面倒臭い。
『露骨に嫌な顔するな』
「ああ、気にするな夜久」
『どうせ花子を追い掛けるんだろ?俺も行く』
「来なくていい」
『行くって言ったら行くんだよ、それこそ気にするな』
「はあ……勝手にしろよ」
遠慮なくついてくる夜久はもう放っておいて、アイツが呼ばれた校庭の隅へと足を向けた。俺と夜久が隠れて覗けば、もう既に両者揃って青春の空気を纏う。
『おい、隠れてていいのか?』
「いいの、黙ってろって」
『止めるんじゃないのかよ……』
だから止めねぇって言っただろ。何で俺が人様の告白の邪魔しなきゃならねぇんだって。
(あのさ、いつも一緒に居る奴と付き合ってる?)
(クロ?付き合ってない)
(じゃあ、俺と付き合って欲しいんだけど。喋った事は無いけど、これから仲良くなれればいいなって)
回りくどくないストレートな告白に、まあまあな男だって感心するのに、後ろから『言っちゃったじゃん!いいのかよ!』とニャーニャー煩くて仕方ない。軽く頭を叩いて黙らせたらアイツがニッコリ笑う。
(うん!ありがとう!)
(、て事は、オッケーって事?)
(まだ何も知らないから、友達として仲良くしてくれたら嬉しい)
(今ありがとうって言ったじゃん、何だよそれ。やっぱりあの男とデキてるんじゃねーの?)
(だから違うってば。クロは彼氏じゃない、だけどクロともう1人、アタシには特別だから)
(意味分かんないんだけど)
(彼氏、よりも……クロ達の方が大事、て事かなぁ、それ以上特別な存在なんて今は考えられない)
(…………分っかんね。何も無いのに男と女が一緒に居るとか、ソイツやばいんじゃね?男としてどうかしてる)
お前どうかしてるらしいよ、やっと黙ったと思ったのにチャチャ入れてくる夜久にもう一発お見舞いしてやった。
(アタシ達の関係性を理解しろなんては言わないけど)
(ん?)
(クロの事を悪く言うのは許さないから。次言ったら絶交です。それでもいいの?)
(ブッ!何だよ絶交って、俺等ずっと友達だった訳じゃあるまいし!もういいよ、ありがとな)
怪訝を見せた相手まで笑かしてしまう、それはアイツの長所であり才能だと思う。確かに、今初めて喋る相手を前に絶交だとか、その単語のチョイスが専ら普通じゃない。
「じゃ、行くぞ夜久」
『……こうなるの分かってたから止めなかったんだ?』
「なんなくだけどな」
『じゃあ何の為に来たんだよ』
「念の為」
『はあ?』
「もしあそこで相手が力尽くで来た時には、血を見せなきゃ、だろ?」
『笑顔で言うなよ』
俺と研磨が誓った守るとは、そういう事だ。
闇雲に他人をシャットアウトさせる事じゃない。アイツが笑ってれば、それでいいから。
今迄は小学校からの持ち上がりで、俺達はこういうもんだって理解ってくれる奴も多かったから心配は特に無かったけど。高校はそういう訳にはいかない。色んな所からあらゆる人間が集まって色恋沙汰も増えて。やっかみもあれば噂好きな奴、妄想好きな奴だって居る。
そんな場所でアイツが居心地良く生活出来る事、それが俺にとっての1番だった。
「あ、」
『どした?』
「担任に呼ばれてたの忘れてたから、花子と部長に遅れるって、伝言宜しく」
『早く行けよ、こんな事してる場合じゃないだろ……』
「後でなー」
夜久が体育館へ行ったのを確認したら俺も、色恋沙汰へと向かった。
さっきのアイツじゃないけど、俺自身もそんな事に今は興味無いのに、そう思うと必然と足取りは重くなる。わざわざ拒絶を見せる為に相手に会いに行くなんて気が重くてしょうがない。脳内お花畑だったアイツを心底尊敬する。
『あ、黒尾君……来てくれてありがとう』
「うん、話しって何?」
『えっと、』
先の言葉は聞かなくても分かってる癖にわざとらしく言葉を並べる。最早茶番もいいとこだ。
『あの、好きです……』
「…………ごめんな」
『、』
この気まずい空気を笑いに変えるだとか。俺には絶対真似出来ない。冷たくも出来ず優しくも出来ず、どうしろって言うんだよ。この後は決まって泣きながら文句言うか去って行くか。お決まりのパターンに煩わしささえ募る。
『く、黒尾君は、あの女の子の事が好きなの?』
「うん、好きだな」
『、でも、付き合ってないんだよね?それって酷くない?あの子だって黒尾君の気持ち知ってるんじゃないの?』
本当に、煩わしい。
俺からしてみればまだ走り去ってくれた方が可愛げがある。俺の答えが覆る訳がないのに、この会話に何の意味があるのか。
『あの子なんて、居なければ良かったのに……』
「……………………」
『あ、』
「それ以上、言いたい事ある?」
『え、えっと、ごめん……怒った?』
「うん怒った」
『ご、ごめんなさ、』
「……今はいいから」
『え、』
「今はアイツの事知らないからいいけど、気の良い奴だから、それは分かってやって」
『……………………』
「それに、俺が勝手に好きで、勝手に想ってるだけ。俺もこうやって言える様になれれば良いのにな」
「っ、ごめんね」
バタバタと音を立てて、やっと去ってくれた、安堵の息が漏れる。むず痒くなった後頭部をガリガリかいて、深呼吸をしたらゆらゆら揺れる影を睨んでやった。
「夜久」
『!』
「お前……俺のストーカー?」
『ばっ、たまたま通りかかっただけだって!猫又監督にコーチ呼んで来いって言われて、』
「はいはい、一部始終見学したくせに」
『わ、悪いとは思ったけど……っていうか、花子に続いて黒尾まで告白とか、俺だけモテない奴みたいだな』
「ほー、モテたい願望あるんだなぁ?」
『モテないよりは良いに決まってるだろ……』
頭を抱えてしゃがみこむ夜久をシカトして部室へ行こうと背中を向けたのに『それより、』まだ話しは終わって無かったらしい。
『それより、黒尾が優しい事に驚いた』
「俺はいつも優しさしか持ち合わせてないけど?」
『馬鹿、花子の事言われて怒ると思ったんだって意味だよ』
「はぁ?ムカつき過ぎて埋めてやろうかって言うのどんだけ我慢したと思ってんだよ」
『は、』
当然だろ、何も知らない奴に好き勝手言われて黙ってるなんて性に合わない。相手が女だろうが男だろうがそんな事は関係無いし、寧ろ殴ってやりたい、じゃなく埋めてやりたいと妥協しただけ褒めて欲しいくらいだ。
『お前の腹黒さが怖いよ俺は』
「これは腹黒さじゃなくて素直さの間違いだな」
『じゃあさ、相手が女の子だったから一応気使ったって訳?』
「何言ってんだ馬鹿、何で知らねぇ奴に気使わなきゃなんねぇんだよ」
『、』
「下手にキレたら、花子巻き込むだろ」
『ーーーーーー』
アイツだけを庇って、思いのまま相手に突っかかって。その先にあるのは何だと思う?
俺だけが悪役になるのなら是が非でもそうする。だけど俺だけじゃなくアイツが、嫌に思われて、変な噂が回った挙句孤立する。そんなくだらない生活はさせたくない。
『黒尾……』
「んー?」
『初めてお前の事、格好良いと思った』
「きもい。惚れるな」
『誰が惚れるか』
「もうどうでもいいから早く行くぞ、アイツが拗ねると面倒だぞ」
『っ、そうだ、俺コーチんとこ行かないと!』
「5秒で行って来ーい」
『馬鹿か!』
格好良い、なんてそれは違う。
格好つけたくてやってるなら見返りを求めてアイツに尽くす。
でも俺は見返りなんて要らないし、アイツが居て、笑ってるだけで良かったんだ。きっと研磨もそう。これは優しさなんかじゃなく、ただの自分のエゴ。じゃなきゃ、あの時、笑顔で見送るなんてしなかった。
(ただ、隣に居るだけでいい)
(20180303)
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