13.
何度寝返りを打っても脳裏に浮かぶ彼女の姿、欲張りな想いばかり浮かんでは理性と闘った午前1時。好きだからこそ、好きだけじゃ足りない事を知った。
13.手繰り寄せる糸の先 (西谷)
西谷さんて、変な人ですね
昨日、人が折角、共同戦線を振ってやったのに、こいつはまた何を言い出したのか。月島コノヤロウ、振り返ればいつもの悪態つく大人びた笑顔は無くて、年相応に眼を丸くした姿があって。
こっちまで瞠若が感染ってしまったもんだから怒り損ねちまった。
そんな顔されるとは思わなかったから、なんか調子狂うし、憎めなくなる。
「…………………」
『おーす!……て、のやっさんどうしたんだその顔』
悩んでるような、怒ってるような、引きつってるような。そう続ける龍に返す言葉は無くて。
「憎めねぇけど憎いんだよ」言えればどれだけ楽な事か。月島が俺よりも先に花子先輩と帰る約束をしてた事を思い出せば、同じ人を好きになって、半分は共感し合えれる嬉々、なのにもう半分は盗られたくない情感。フツフツと湧き上がる独占欲と嫉妬が止まらねぇ。
お陰で昨日は中々寝付けなかった。
「あ"ーもう!考えたくねぇ!」
『おーい、随分荒れてんなぁ』
「ほっとけー」
『もうすぐ練習試合始まんのに大丈夫か?』
そうだ。自ら言い出した事だ。
一時休戦、嫌な予感を吹き飛ばす為にも試合に集中しなきゃなんねぇんだよ。
「ぅおっしゃ!!やるぜ龍!」
『任せろのやっさん!頼りにしてるぜ!』
「ったり前だ、背中には俺が居る」
『あはは、今日も格好良いね夕は』
「、おはようございます!花子先輩!」
『おっはー』
『うっす!』
気合い入れ直した途端、ひょっこり視界に入ってきた彼女に、今日も可愛い声して、可愛い顔して笑ってんのはそっちっスよと叫びたい。
『花子先輩、なんか……ニヤ付いてる気がするんすけど』
『えー?』
「、」
『昨日から試合がそんなに楽しみだったんすかー??コーチにも言われてたっすよね』
『そりゃ勿論楽しみだけど!』
『ですよね!俺の勇姿、とくと眼に焼き付けて下さいよ!ついでにのやっさんも大活躍する筈なんで』
「俺はついでかよ!」
『龍も夕も格好良いのは分かってるから!』
俺と龍の腕を組んで盛大に笑うのは普段通り、なのにどうしてだかザワつく心臓は小さな音で脈を打つ。龍だって彼女を見て何処かが違うと気付いてて、月島だって怪訝に思ってた。
誰しもが感じる違和感に、眉を寄せると武ちゃんの声が体育館に響いた。
『皆!音駒高校の皆さんが到着したので整列して下さい』
『『うっす!』』
大地さんを先頭に整列して、隣には彼女が居る。
彼女に視線を向けると、やっぱりいつも通りヘラヘラと笑う顔を見せてくれて、それを見れば眉間に作ったシワも飛んでつられて顔が緩みまくる。
可愛い可愛い可愛い可愛い、溢れる想いに重ねて、胸騒ぎは杞憂であって欲しい、そう祈った瞬間だった。
『『宜しくお願いします』』
体育館入口で足音が響くと、俺の視界から彼女は消えた。
『クロ!』
隣に居た筈の彼女、安堵をくれる笑顔、それは今どこの馬の骨かも分らない余所者の腕の中にある。……て、待てよ。え?余所者の、腕の中?
『花子、相変わらずだな』
『クロも!背は伸びたけど、クロはクロだね!』
『そりゃそうだろ』
何が起こってんのか理解出来ねぇ。
繰り広げられる光景は、まるで迷子になった子猫が親猫に漸く会えてとびっきり甘えてる様だ。
髪も化粧も気にせず親猫の胸に顔を擦り付けて御満悦な姿に、蚊帳の外の烏一同は言葉を失った。
『おー、花子、久しぶりだな』
『猫又監督!元気そうで安心した!』
『お前もな。また黒尾にベッタリなのか』
『久々ですからクロを堪能しないと!』
『そうかそうか、ハッハッハッ』
この異様な光景が、てんで珍しくもない、さも日常的なやり取りに見える音駒勢に、昨日と同じ、ひとり苦笑を浮かべる武ちゃんへ大地さんが目配せで説明を求める。
『あ、えーと、彼女から、口止めされてたんです……』
『何をですか』
『彼女は、音駒高校の元生徒ですよ』
『『はぁ!?』』
全員が驚愕してるけど、まさか後輩の俺達だけでなく、3年生すら知らないなんてそんな事があるのか。
「旭さん……同じクラスっすよね……」
『っ!いや、アイツ、1年の途中で転校してきたけど東京から来たって言ってただけで、学校の事なんか言ってなかったから!だからそんな顔で睨むなって、俺だって今ビックリしてんだから!』
『の、のやっさん!その顔モザイクいるぞ!』
『西谷君、ゴミ捨て場の決戦が叶うまで、彼女は言いたくなかったようです』
自分達の力で叶えて欲しいからと。
それは烏野高校が強豪では無くなっていた事も、音駒高校と相対出来る力が必要だった事も含めて、自身を挟んで安易に試合を取り付けるなんてしたくなかったんだ、と。
彼女が俺達を信じてくれていたからこそ、沈黙を通した事だった。
そんな風に思われてたかと知ってしまえば、
『花子、お前ちょっと太っただろ』
『そ、そんな事ないもん』
『出た出た、思っクソあっち向いての嘘』
『う、嘘じゃないもん』
『何年の付き合いだと思ってんだバーカ。どうせマネージャーもちゃんとやってねぇんだろ?昔っからいいとこ取りだけだからな、なぁ研磨?』
『まあ否定はしないけど』
『何て事言うの!!感動の再会なのに!』
『感動の再会だからこそ、ありのままに素直な言葉を言っーーーーーーー』
『っ、夕?』
「昔と今は、違うんで」
俺だって、ただ黙って見てるなんて出来やしない。彼女の腕を掴んでこっちへ引き寄せれば、今度は猫一同が眼を丸くする。
いつまでも0の距離で同窓会をさせるつもりはねぇし、昔はそっちの人だったのかもしれねぇけど今は、こっちの大事な人なんスよ。
『……フーン、そうか、そういう事』
『夕、どういう事?どういう意味?』
「気にしなくていいっスよ」
『えー?』
『花子、試合の準備もあるから喋ってる暇はねぇよって事』
『あ、そっか』
『だよなぁ?リベロ君』
「ぜっっっってぇ負けねぇすから」
『生憎俺等も負ける気がしねぇから、宜しく』
昔は猫派だったんだろうけど今は烏側の大きな存在で、俺達を信じてくれてるんだ。それに応えないで指咥えて見てるだとか、男が廃るっての。
「花子先輩!」
『うん?』
「俺、勝つんで待ってて下さい」
バレーも彼女も、勝負するからには負けねぇから。
穏やかに頷く彼女の肩を掴んで、俺は誓った。
(だって、どっちも好きだから)
(20180225)
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