「これ、オサムちゃんから渡してって頼まれてん」
『有難う白石君』
「いいえ」
控え目に微笑む彼女は例えるなら真っ白な雪とか、百合とかそんなイメージで触れてしまうと壊れそうな気さえしてた。
dear.
bet.1 目撃者
『認めたないけど…』
「は?何や謙也、急に」
『名前と白石って、並ぶとお似合いやわ』
謙也の言葉に必然的に緩む口角。
そら当然や、俺は彼女に惹かれてる気持ちが少しあるし、可愛いっちゅうより綺麗な彼女と並んで似合うと言われたら嬉しい。
「まぁ謙也と名前ちゃんやったら美女と野獣みたいなもんやしな」
『誰が野獣や!』
「うーん、せやったら苛めっ子大将と儚い女の子やろか?」
『好き放題言うなや!!』
他愛ない話しにハハハッ、と笑ってジャージから制服に着替えようとするとひらりと落ちた1枚の紙。
あ、これさっき渡した筈のオサムちゃんから預かったプリントや。
そのプリントはテニスについてのルールや専用語をコピーした物で、オサムちゃんに頼まれてマネージャーになった名前ちゃんはテニス知識が無いに等しい子やった。2年の冬、こんな時期にマネージャーになって大変やろうけどオサムちゃんが名前ちゃんを連れて来た時は頭の中でガッツポーズしたんやっけ。
「いつの間にか1枚だけ抜けてしもたんか…」
『明日渡したらなあかんのちゃう?』
「……いや、届ける」
『は?もう帰ったで?』
「ええねん今から届けるわ!」
これは彼女と少しでもお近付きになれるように神様がくれたチャンスかもしれやん。それに真面目で一生懸命な名前ちゃんは今日早速プリントに目を通す筈や。そうなると途中1枚抜けてるとか、困るやろ?
名前ちゃんの為なら部活が終わって疲れた身体やろうが関係ないっちゅう話しや。
「ほな謙也!戸締まり頼んだで!」
『ほんまか!』
『あー部長ー、』
「悪い財前、急いでんねん」
『は?謙也先輩、何なんすかあの人』
『恋に盲目な男、っちゅうやつやな』
『謙也先輩…キモいっすわ』
『うううっさいわ!(ちょっと恥ずかしかった)』
ジャージのまま制服を鞄に詰めて、オサムちゃんから前に貰った部員連絡網の紙を取り出しては名前ちゃんの住所を探す。
初めて見た時に意外と家が近いんやーって思ったから大体の場所は把握してんねん。言うとくけどストーカーちゃうで。
「えーと、この辺りやと思うねんけど…あ、ここや!」
住宅街をウロウロウロウロ、端から見れば不審者やけどどうでもええ。そんな事よりインターホンを押すこの手がふるふると震えるんやけどどないしたらええんやろう。
あかんわ、めっちゃ緊張する。
『名前、コンビニ行くなら俺のも買って来てー』
「、」
どないしよ、深呼吸をすると中から聞こえてきた声に肩が跳ねて。
お兄さん、やろか?一人っ子のイメージやってんけど。せやけどまたひとつ彼女を知れた、それが嬉しくて、その勢いのままいざインターホンを押した瞬間、
『はぁ?超面倒臭いし!買って来てあげても良いけどお駄賃貰うからね――――』
「……………」
ピンポーン、という音と同時に見てはいけないものを見てしもた気がした。
ガチャンと開いたドアからは黒いジャージに身を纏った彼女。別にそれだけなら問題はない。ただ、黒いジャージは着崩れして下なんや腰で怠く履かれてポケットには手を突っ込んでる。しかも彼女の顔はガチガチに化粧されて、口にはオサムちゃんでお馴染みの小さな白い筒と白い吐息。
……もしかして、双子とか、年子のお姉さんとか、そういう落ちやったり、する?
『あー……』
「あ、あの、」
『見られたとか超面倒臭っ』
プハーと真っ白な息を吐いたのは勿論寒いからちゃう。副流煙や。
『白石君、何?何か用?』
「名前ちゃん、なん…?」
『どっからどう見たってそうでしょうが!』
姉妹落ち、では無いらしい。
やっぱり彼女本人らしく、学校で見る姿とは比にならへん。
ちょっと待って。頭がついていかへん。
「…何か、あったん?」
『え?何かあったのはそっちじゃん、わざわざウチに来たんだし』
「せやな…これ、さっき渡した紙、1枚抜けてて…」
『ええ!!まだ1枚あるの!?最悪…オサムちゃんこの量覚えろとか超ふざけてんじゃん…明日煙草でも買ってもらおー』
「何て?」
『え?』
「今、煙草買ってもらおーとか言うた?」
『、言ったけど』
「名前ちゃん未成年やんな?」
『それが何……』
「その腐った根性、俺が直したるわ!」
『は?』
困惑した頭では事を理解するのに時間を要するみたいで、気付いたら口走った言葉と共に彼女の煙草を踏ん付けてた。
愕然とショックの狭間で、彼女のイメージ像は音を立てて崩れた夜のこと。
(20091029)
★蔵からメール(空メすると届きます)
←