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 k17. 拝啓、君へ (1/2)



「はぁ、はぁ…っ」


あれは蔵からの最初で最後の手紙。大切に鞄へ仕舞うなり城を飛び出したアタシは必死に関ケ原へ向けて走ってた。

(始めに、綺麗な字やなくてごめんな。名前ちゃんの携帯で文字を見ながら写してるから…って書き出しから言い訳っちゅうのもみっともないんやけど。)

元々運動は得意じゃない、だけど今はそんな事言ってる場合じゃなくて1分でも1秒でも早く蔵に逢わなきゃって。闇雲に走って辿り着ける場所じゃないのも分かってる。だけど走らなきゃ、逢えない。


「…はぁ、はぁ、お願い、退いて下さい…」


途端アタシを塞ぐみたく現れたのはあの忍びの人だった。噛み殺されるんじゃないかって思う程に鋭い眼はあの日の傷を疼かせる。
怖い、けど…アタシだって命懸けて守りたいモノがある、初めてそう思ったんだから引くに引けないの。


『俺は白石様からアンタの護衛を頼まれてる』

「蔵、から…」

『関ケ原に行くならそこまで護衛するのも俺の仕事だ』

「―――――」

『そんな鈍足じゃ1週間あっても関ケ原に行けない、乗れ』

「、有難う…」


背中の影に隠れてた馬を座らせてアタシを乗せると、アタシが走ってた時とは比較にならないくらいの速さで山を駆け抜けてく。
離れた今もアタシを考えてくれてる蔵と、この人に謝意を込めて両手を重ねた。

(何で手紙を書いたかって言われると、伝えたい事があったから、普通な理由やねん。ほんまは出陣の前に直接伝えたかってんけど俺も中々根性が無いらしいわ。ちゃんと伝えられる自信が無かった。それに、名前ちゃんと過ごせる最後の晩は、暖かく居りたかったから。)

深い夜から次第に色付く空を見ると夜明けは近い。それは開戦するも近いっていう事。
どうか、無事で居て、お願いだから…。

(なぁ、名前ちゃんは優しいから黙ってたんやんな。関ケ原での戦は西軍が負けること。財前が東軍に付くこと。俺の為に重い荷を背負わせてしもて悪いと思ってる。有難う。)


「あの…」

『何だ』

「蔵は、戦について貴方に何か言ってましたか…?」

『……西軍は敗れる』

「っ、……」

『だからアンタの傍から離れるなって言ってた』

「何で、自分じゃなくアタシなんか…」

『俺には情なんて分からない。だけどあの人は国も民も愛してた。アンタはもっと愛されてた』

「………………」


(俺はな、名前ちゃんから見れば最低な男かもしれへん。負けを分かってても戦を始めて兵を殺してしまうんや。止めるって言えたなら良かったのに、どうしようも無い男やねんな。)


『俺はアンタを疑ってた。変な動きがあれば刺してやるってずっと思ってた』

「……はい」

『けど、今は良かったと思ってる。自責するだけの毎日だったあの人が、アンタを見て笑う様になったから』

「アタシを、見て…」


(西軍が敗れて東軍が勝つ、そしと徳川の時代が来るやろ?秀吉様の意志を継ぎたい言うたのは俺やしその気持ちは今も変わらへん。せやから今日俺は開戦を決めたんや。でも、な…)


『あともうひとつ出陣前に言ってた。“1週間前、ひと月前やなく今日迄生きて来られて幸せやった”って』

「そ、それって、」

『アンタが、来たから』

「―――――――」


(秀吉様が目指した世やなくて徳川の時代、それは憎悪でしかないのにそれで良えんやって思えるねん。徳川の時代があったから、名前ちゃんが生まれて来たんやろ?名前ちゃんが生きる時代は未知の世界で面白くて、家族とも共に過ごせて良え時代やから…)

(財前もそうや。アイツには生きてて欲しい、それなら東軍に付いてこれからの人生も歩いて欲しいねん。多分、懐刀のほんまの意味は俺に殺して欲しいっちゅう意味やった。せやけどそんなお願いされたら殴ってやりたくなるやんな、精一杯生きろって。アイツも天邪鬼過ぎて、損な性格しとると思う。)

(せやから、な?俺は秀吉様の為に戦をする、名前ちゃんから見ればそれは裏切りと変わらへんと思う。それでも俺が討たれて新しい時代が来て、名前ちゃんが笑って暮らせる世が来るならそれで……)


『“それだけで日本一の幸せ者や”』

「うっ、…ひっく…」


ねぇ、馬鹿じゃないの?
それで笑ってろって、こんな手紙貰って誰が笑えるの?
アタシは、蔵に死んで欲しいなんか言ってない、アタシが生まれて来なかったとしても、蔵に…生きて欲しい。


『…このまま真っ直ぐ行けば森を抜けて戦場に出る』

「、え」

『俺は仕事があるから』

「、」


陽が昇って数時間経ったと思うと不意に馬は足を止めて、4人の忍びが木の枝に腰を降ろしてた。
獲物を狙う鷹の様な視線に萎縮しそうだったけどあの人はアタシのドンッと背中を押して。囮に、なるって…?


『早く行かないと間に合わない』

「ごめんなさ、有難う…」

『良いから行け』


前を向いて走りだ出した途端、刃先が交わる金属音が響く。アタシの為にごめんなさい、振り返る事は出来ないけど何度も何度も謝って、漸く森を抜けた――、


「……………」


戦場、そこは別世界に迷い込んだみたく真っ赤に染められて。森も切り取られた様に焼け焦げた跡があった。背中を斬られ、腕を斬られ、首を斬られ、絶望を物語った顔のまま横たわった何千の人は地を隠して、道なんて存在しない。

鉄と火薬の匂いが鼻を通じて頭を殴られた様な錯覚にさせる。蔵は、これを見て何度謝ったんだろう。誰かが悲鳴を上げる度にきっと、自分へ責任を押し付けて、独りで戦ってたんだろう。


「くら……」


泣いたって喚いたって変わらない現状に瞼を熱くさせながら奥へ奥へと足を進ませた。
蔵、何処に居るの?まだ頑張ってるの?まさかもう、遅かったなんて、無いよね…?

下を見ては眼を伏せたくなって、頭痛を噛み締めながら歩くと、やっと、ミルクティー色の髪が視界に入った。


「蔵!くら――――……」

『、』


ミルクティー色が揺れて視線がぶつかって気付いた。
そこには徳川の家紋が威風堂々と風に吹かれて、蔵を囲む様に列になった人達、真ん中に座る蔵は、捕縛されてること。


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