欠片が記した
思い出の先
honest love
series.7 ひび割れマグカップ
部長が緑、あの人が赤、2つ並んだ歯ブラシの横にはいつも青の歯ブラシが混じってた。子供が居る訳でもないのに3本も歯ブラシがあるとか不自然過ぎるっちゅう話し。
今までそんな小さい事も気に留めた事が無かったけど、青だけこっそりゴミ箱に投げると俺の心臓が小さく痛いと嘆いてた。
そんなん今だけ。痛いのも気のせい。直ぐに、慣れるから。
『財前、そろそろ出掛けなあかんのちゃう?』
「はいはい支度出来てますよって」
『ほな行こか名前ちゃん』
『うん…』
やっぱりあの人はどんな顔をしてても曇ってて、何でやねん呆れたくなる反面、あの人の中で占める自分の数値が実は意外と大きいんかなって、喜んでええんか悪いんかよう分からへんかった。
『じゃあ光、行こ―――っ!!』
テーブルの上に置きっ放しにしたままのマグカップ、朝食の後でコーヒーを飲み干したソレは空になった状態で床へと落下する。
あの人の鞄が当たって、幾らスポーツをしてきた俺や部長でも受け止める程の反射神経なんか持ち合わせてなくて、陶器が割れる独特な音が響くのを呆気なく耳にした。
「……………」
『どうしよ、片付けなきゃ…っていうか、ご、ごめんなさい光…!』
「ええから触らんとき」
『財前、隣の部屋から新聞取って来てくるからホウキで掃いててくれるか?』
「はいはい」
『…ひかる、ごめ……』
「ええって言うとるやろ、それに俺が買うた訳ちゃうし」
『ひかる………』
別に金銭的な損はひとつもない。用意されてた只のマグカップが割れただけやん。俺に、損も何も無い。それにアレやって歯ブラシと同じで、もう捨てようと思てたし。部長とあの人が買うて来たから捨て辛かっただけで捨てる手間が省けて逆に良かったんや。
『……………』
「……………」
せやけど、ホウキで粉々になったマグカップを掃いてると…形がある物はいつか無くなるんやって識らしめられたみたいで、また心臓が痛みを感じてた。
酸素を吸うと心臓が鷲掴みされたくらいきつくて、二酸化炭素を吐き出すと止まってしまいそうなくらい縮んでる様な…兎に角、苦しかった。もしかするとあの人に告白した時より“しんどい”かもしれへん。せやから名前も、『何で?』っちゅう顔するんは止めてくれへん?
『財前、新聞』
「あーはい」
『手、怪我せんように気を付けてな』
「そんなヘマしませんよって」
何十にも重ねた新聞に破片を包んで頑丈にしたなら、名前の歪んだ顔を消すように俺の手でもっと砕いてやった。眼に見えへんくらいの粒状になってこのまま俺と一緒に無くなればええねん。
(20100301)
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