secret love | ナノ


 


 14.



有難う
今伝えられるのはそれだけ、それだけで良かった


14 有難う、さようなら


酷く深いシワを眉間に作った白石は何も言わず走った。
名前にとってオサムちゃんは特別じゃというんは分かっとったが、白石にとっても特別視である対照なんか。ちょっとだけ、羨ましいと思ってしもたんじゃ。


『雅治、』

「名前は知っとったんじゃろう?」

『……こんなに、早いと思わなかったけど…』


重い空気を察したらしい白石の母親は『それじゃあ、』と俺と名前に深々頭を下げて帰ってく。つられて俺達もお辞儀をしたけど顔を上げると名前は、地に視線を向けて口唇を噛んどった。


「名前、よう頑張ったぜよ」

『え、』

「ちゃんと引き際を認めたこと、格好良い女じゃ」


嫌だ嫌だ、我儘を言うのは簡単じゃが、望んでない結末を受け入れるのは難しい。本当は弱いくせに、強がるとこ、凄いなって尊敬するぜよ?


『でもアタシは、雅治と…』

「はて、何の事かのぅ」

『、』

「俺は名前がフラれて泣いとった記憶しか無い」

『雅治……』

「最後に、お別れするべきじゃなか?」

『うん…有難う』

「“いってらっしゃい”」


手を振りながら、アイツが見えんなった後呟いた。

いってらっしゃい。バイバイ。


  □  □  □


「オサムちゃん!!」

『お、白石ぃ!やっと出れたんか?』


良かったなぁ?
あっけらかんと笑うオサムちゃんは何も無かったみたいな顔してて。オサムちゃんの後ろは、荷物ひとつ無いフローリングが広がってた。

冷蔵庫もテレビも無い、埃も無い部屋にはポツンと無造作に置かれた煙草と携帯灰皿だけ。


「どういう、事やねん…」

『うん?何の話しや?』

「この状況で何もクソも無いやろ!?俺のせいで学校辞めたん?何でそんな事すんねん…!!」


警察沙汰になった事で、無実の罪やとしても学校としては泥を塗られた。それを受け入れへんならオサムちゃんやなくて俺が辞めるべきやねん。オサムちゃんは何も関係無い。


『白石ぃ、それは自惚れっちゅうんやで?』

「は、」

『白石の為に学校辞めたって、言うてへんやろ?』

「……………」


冷たいフローリングの上で胡坐をかいたら煙草に手を伸ばしてフゥと白い息を吐く。
オサムちゃんの喫煙姿は見慣れたもんやのに“大人”の顔をしてるせいか、知らん人を初めて見る様な、そんな気分やった。


『…俺な、奥さんと田舎で生活するんやで』

「、」

『今まで事故でずーっと寝てたんやけどなぁ。最近眼覚ましたんや』

「……………」

『事故の後遺症で足が動かへんなってしもたから、環境のええ場所でリハビリしよ思ってん』

「……名前は、どないすんねん…」

『……………』

「オサムちゃんは勝手や!!オサムちゃんはそれでええかもしれんけど、1人残された名前はどないしたらええんや!」


いつもヘラヘラしとったくせに、こういう時だけ大人になって距離作って、卑怯やで…

“今度はお前に任すわ”

その言葉の意味がやっと理解出来て、せやけど理解したくなかった。俺には、名前の幸せを祈ることが出来ても、幸せにしてあげることは出来ひん。


「分かって、るんやろ…?名前にはオサムちゃんが必要やねん…オサムちゃんやないとあかんねん…」

『……白石、』

「、」

『俺なぁ…名前ちゃんは俺にとって天使みたいな存在やったんや』

「、天使?」

『大袈裟やし臭過ぎて笑えるかもしれへんけど、ほんまにそれくらい…それ以上の存在やった』

「……………」

『せやからな?“幸せ”になって欲しいねん』


横目で話すオサムちゃんからは、
結婚してなかったら
教師じゃなかったら
クラスメイトやったなら

“俺が、幸せにしたかった”

そんな想いが伝った。


「せやけど名前は……、」

『あの子は白石が思っとるより強い子やで?なぁ名前ちゃん?』

「!」


オサムちゃんを取り巻く空気が柔らかくなったかと思うといつの間にか俺の後ろには名前が憂愁に立ってて。


『名前ちゃんには伝わってるやんな?ほんまに自分の事を考えてくれてる人間が誰かなんや』

「………………」

『……オサムちゃん、有難う…』

『うん。ええんやで?ちゃんと言いたい事、白石に伝え?』


煙草と携帯灰皿を持って部屋を出て行くオサムちゃんを追えへんくて、俺とも眼を合わせてくれへん名前にも、追い掛けんでええんかって聞くことも出来ひんかった。

どうしようもない焦燥感に顔を歪めると、漸く俺を映す彼女。


『あの、ね…』

「うん…」

『アタシは、まだ、オサムちゃんの事好きだし、忘れられない』

「うん…」

『だけど、あの気持ちは変わらないから…』

「え?」

『蔵と、一緒に居たいって…それは変わらないし、ううん。昨日よりもっと、蔵が居なくなってから、もっともっとそう思った』

「……………」

『だからね、我儘だけど、蔵と一緒に、居させて下さい…』


失ったものは大きかった。
でも、得たものはもっと大きかった。

本当にこの手を掴んで良いのか、自分で大丈夫なのか、それは分からないけど……


「俺が、名前と一緒がええねん…」


君を愛し続けることは一生変わらないから。
これからも隣に居て下さい。


   □  □  □


「もう、行くんか?」

『お。まさか仁王が見送ってくれるとは思わへんかったなぁ!』

「世話になったからのぅ」

『ハハッ、オサムちゃんのが世話してもろた気するわー』


気付いたら足を向けてたオサムちゃん家のエントランス。1人で出て来たオサムちゃんを見ると必然的に笑う自分が居った。


『仁王、お前もええ男やのになぁ?』

「余計なお世話じゃ」

『ハッハッ!そらすまん』

「そっちこそ、良かったんか?」

『何の話しやろなぁ?』

「食えん男じゃ」

『お、ええ褒め言葉や』

「褒めとらんぜよ」

『そうかー残念やなぁ!ほな、そろそろ行くわ』

「気を付けて」

『おおきに。仁王も元気でな?』


ほな、さよーなら

最後に見たあの人は、アイツの隣に居った時と同じ笑顔じゃった。
俺も、ああいう風に笑える大人になりたいと切に願ってアイツと別れを告げた。


バイバイ。

俺の心は秘めたままで良い。
幸せになりんしゃい。良い男が2人も祈っとるんじゃからな?



(20091029)

完結です。
大袈裟に書きすぎて、何か恥ずかしいです。特に逮捕の部分、一番入れたかったシーンですが書いていくうちに要らなかったかもしれない、って羞恥心が凄かったです(笑)
とにかく、一度は書けなくなって下げたお話だったので完結出来て良かったです。お付き合いして下さった皆様、有難うございました!

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■落ちアンケート結果(01〜10話集計)
・総票数3540
・白石蔵ノ介/2312票
・仁王雅治/1228票



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