哀しかった
辛かった
虚しかった
苦しかった
幾ら全部忘れてたって、完全否定出来ない光の声は心臓を突き破るのに十分過ぎてアタシの生命力全て奪ってくれた気がする。
だってほら、家に帰った頃には涙なんか止まったし、ベッドの上に居ても眠れないし、肌身離さず持ってた携帯だって握る気力もない。
病院の帰り道に散々流れた滴のせいで瞼は重いし頭痛までする。もう、アタシこのまま灰になりたい。大袈裟じゃなくて本気で思った。
「……もう、11時過ぎなんだ、」
真っ暗になった部屋で電気も点けず、カーテンも閉めず、身体を動かさないまま月明かりで辛うじて見える時計に眼をやったけど。11時だからって何かしたいとか何かしようとか思う訳もなくて。このまま流れる時間を無心に感じられたら良いのに。
だけど、アタシはそんなに強くなかった。何時間も1人で居れば不意に襲う簫条が耐えられなくて携帯に手を伸ばす。誰でも良い、話しを聞いて欲しい。電話帳を開けて蔵の番号を表示するけど、話しを始めるときっと会いたくなる。会って、甘えて、寄り掛かりたくなる。そんなことは蔵に迷惑掛けるから駄目、絶対駄目。アタシは携帯の電源を落として部屋を出た。
「ママ、コンビニ行って来る」
『…ママも一緒に行く』
「ううん買い忘れてたルーズリーフ買うだけだから大丈夫」
『直ぐに帰るの?』
「うん」
帰るなり部屋に閉じこもったままご飯も食べないアタシを心配したママは愁眉で、心中ごめんなさいと謝った。どうせならママに話しをすれば良かったのに。でも言いたくなかった。ママの前では格好良いままの光で居て欲しかったから、光のせいで泣いたとか、光を悪く言うのは嫌だったから。
「…さむ、」
玄関を開けると体温より全然低く冷たい風が肌を刺す。秋、というより初冬を感じずに居られない気候はアタシの心みたいだなぁなんて。夜風に当たって散歩でもすれば少しくらい気が紛れるかと思ったのに、
「………………」
人通りの少ない路地できゃあきゃあはしゃぐカップルなんか見ちゃったら…やっぱり光の顔が浮かんで改悪になった。
“その程度の気持ちやっちゅうこと”
想いの大きさなんて眼には見えないし重さだって測れないから、そんな風に切られるとそうだったんだって納得せずには居られない。
“アイツはそんな事言わへんかった”
多分、光の中であの子の存在が大きくなってるって意味。彼女はアタシと違って過去を強制したりしない、今の光を見て、今の光を尊重してくれてたんだ。
「そんなの、やだ……」
アタシより他の子が光を解ってたなんて信じたくなくて。
アタシより他の子が光には良いなんて思いたくなくて。
光は、アタシと一緒に居るんだって…それだけの未来を想像してた。
“もう此処に来やんで下さい”
戻れない。
一緒にこの道を歩いてた時にも、、皆で一緒にテニスやってた時にも、病室で一緒に写真を見てた時にも…もう戻れないんだ……
「ひかる、あいたい、あいたい…」
流行りの失恋ソングなんかではさ、
思い出にして、いつかまた会えるといいね
そんなフレーズがよくあるけどアタシには無理。光じゃなきゃ嫌。光を思い出にしたくない。光が居ないと楽しい事なんてひとつもない。また、じゃなくて今日も明日も明後日も、ずっと一緒に居たいんだよ…それは許されない事なの?全てはアタシが招いた惨劇だって神様は笑うの?
そんなの酷い……。
「ひか…ひ、かる…」
いつの間にかカップルも居なくなったこの場所で、聞こえて来るのは自分の嗚咽だけ。この世界に独りぼっちだって嘲笑われてる気がした。
「ひかる…!」
『なんすか』
「!!」
なのに聞こえて来た声は紛れもなくアタシが呼んだ本人の声で。
遂に幻聴が聞こえるまで精神が病んでしまったのか、恐る恐る振り返ると、
『名前、呼びすぎてキモい』
パーカーのポケットに手を突っ込んだ光が居た。
「ひか、る……?」
『電話掛けても電源切っとるし、家行っても居てへんし、外寒いし最悪ですわ』
「嘘…嘘、じゃん、光…?」
何で居るの?
何で此処に、何でアタシの前に立ってるの?信じらんない…。
『嘘ちゃう、全部ほんまですわ』
「ほん、とに…?」
『病室来んな言うたんも明日退院やから来る必要ないし』
「……………」
『その程度の気持ちや言うたんも思い出せへんかったら、』
「、」
『やろ?名前先輩?』
「…っ、……」
『すんません。待たせ過ぎたわ』
「ひかる……っ!」
帰って来たんだ、光が。
アタシの事、思い出してくれたんだ。
アタシが好きだって、思ってくれてる光なんだ。
獅子吼に声を上げて飛び付いたアタシを懐かしむみたいにぎゅっとしてくれて、アタシも光の身体と光の胸を確かめるみたいに縋った。
『想像通り凄い顔してますやん』
「ひか、…の、せいじゃんか…!」
『うん…悪いと思てます』
「…アタシ、ひかると、別れなきゃいけないのかな、って思っ……」
『俺別れるなんや言うてへん』
「でも、あの子が、」
『あーアイツに洗脳されとったかもしれんわ、先輩が嫌な女やて。催眠術でも使えるんちゃいます?』
「なに、それ…」
『それより顔上げて』
「え?」
『せっかく上手いこと病院抜け出して来たんやし』
「あ、そうだ病院!大丈夫、なの…?」
変な屁理屈を浮かべる光に、光だって実感したけど、良く見るとパーカーの下は入院着で足下はスリッパ。幾ら明日退院でも抜け出して来た事がバレたら大騒ぎになって大変なんじゃないの?
そうは思ってもアタシに喋らせてくれない光は言いたい放題で。
『そんなんどうでも良いんで1週間ぶりにさせて下さい』
「へ、」
『恥ずかしいとか言いっこ無しスわ、キスくらい』
「んっ、光、」
『ちょう、黙って』
頬っぺたを支えられて最初は軽く口唇を合わせる。1度離したら、眼を瞑った流麗な光の顔が見えて、今度は永く深いキスが待ってた。
久しぶりに感じる光は全然変わってなくて愛しくて、真冬日はまだだっていうのに紫色になった口唇を暖めてあげたくなった。
光、好き。
『―――――』
「……、長過ぎ、じゃない…」
『文句言う気なん』
「や、そうじゃないけど…あ!だけど何で急に思い出したの?頭でもぶつけた?」
『やっぱ阿呆は典型的やな』
「あ、阿呆ってね!」
『名前先輩が泣いたせい』
「、アタシが?」
『先輩が泣きながら帰って、その後もずっと泣き顔が残って眠れへんかったんですわ。で、もしかして携帯て電源入らんのかって見てみたら、メール見て思い出した』
「……………」
『何スか』
「そのメールってどれ?」
『、何でもええやろ』
「やだ聞きたい聞きたい!」
『あー煩い俺そろそろ病室帰らなあかんので』
「ちょっと光っ!」
(やっぱり今日はもう少し居りたいんやけど戻ってもええです?)
名前先輩と別れた後、事故に遭う前に打った保存メールで思い出したとか、こんな女々しい文章口に出来ひんわ。
END.
完結です。
詰め込み過ぎたせいで最終話が長くなってごめんなさい。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。そして40万打有難うございました!
最後にリクエストして下さった真莉菜様、期待に添える文章ではありませんが有難うございました!
(20090918)
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