chain | ナノ


 


 01.



あの日あの時


全てに始まりを告げた






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impression.1 my wish






そこに居るのが怖くなるほどに静まり返った部屋で
聞こえくるのは『ピッ、ピッ、』と繰り返す機械音。

何を何処に繋がれて居るのかも分からない何本ものコードに
縛られた様に見える彼女は白いベッドの上で固く眼を綴じたままやった。



「…そろそろ帰るわ」



心地良いとは言えない、冷たくも温い頬に触れて立ち上がる。



「白石、また明日な…?」

『…………』



そのまま右手を白石の肩に乗せるけど、当人は虚ろな眼を彼女に向けるだけで“俺”を見る事は無かった。

それどころか、触れた肩は筋肉も落ちて一枚の皮越しに感じる骨が白石の精神状態の脆さを物語ってて。
痩けた頬、酷く黒々しい隈。白石は毎日毎日ずっと彼女の傍から離れないまま脱け殻の様な生活を送るだけやった。



「名前、どないしたらええん…?」



返ってくるはずが無い問い掛けに俺自身も壊れる寸前でその場に崩れた。
身体を丸めるなり溢れる滴に、悔しくて悔しくて、非力過ぎる自分に眷顧すら出来ひん。





何でこんな事になってしもたんやろうか…

あの日、
俺が居てへんかったら
名前が、白石が、居てへんかったら
あの場所やなかったら
あの時間やなかったら…

あんな事故は起きひんかったはずやねん




名前が白石と付き合い始めたのは1年前。
白石が告白して、名前がオッケーして、順風満帆に仲良くしてたはずやったんや。

俺は名前が好きやったけど告白する勇気なんや無かったし、白石の方が大事にしてくれるやろうから…せやから「おめでとうさん」って自分の想いに鍵を掛けた。

それからは時々喧嘩もするアイツ等を見守ってたけど、結局は白石が折れて名前は幸せそうに笑ってた。せやから何も心配は無いと思てたのに…



「、相談?」

『うん…』



2月、進路も決まって学校が自由登校になった5日目。
名前に呼び出された俺は白石の事で相談がある、そう伝えられた。



「何や、また喧嘩でもしたん?ホンマ忙しい夫婦やな」

『喧嘩…なら良いんだけど…』



明らかに哀愁を背負った名前に冗談言う気も失せて。

テニスしかする事が無かった俺は自由登校になった今も部活にだけは顔を出してたけど、2人揃って姿を見せへんかった名前と白石は上手くやっとるもんやと信じてた。せやから何があったんやろって純粋に心配になってん。



『…最近ね、蔵が変なんだ』

「へ、変て、」

『って言うより避けられてるみたい』

「……………」



あの白石が?
名前が好きで好きで四六時中ベッタリやった白石が避ける…?
そんな事あり得へん。



『気のせい、ちゃうん?』

「メール入れても返って来ないし電話したって出てくれないし…家に行ってみたけど居留守使われてるのに気のせいな訳ないじゃん…」



途端名前は一粒零して歯を食い縛った。

こういう時、自分がどうしたら良いか分からへん。何て言うてあげたら良いんか…
ただ名前を見つめるだけで、身体は動かへんかった。



『ごめん、謙也なら何か知ってるかと思ったけど知らないよね』

「力になれんで堪忍な…」

『ううん、有難う。ちょっとだけだけどスッキリしたし』

「うん…」

『せっかくだし、ご飯でも食べに行こうよ?』



袖口で眼を擦った後、辛そうに笑うもんやからこっちが切なくなって…今は一緒に居てあげたい、そう思た俺が「奢ったるわ」と息を吐いた時、



『…………』

「名前?」

『…く、ら』



その言葉に振り返れば俺の後ろには白石が居って。

なんやかんや言うて白石も名前の事探してたんやなぁ、とか安心したのに、白石の声は名前も俺をも愕然とさせた。



『蔵っ!今まで何して『名前』、』

『…くら?』

『別れよ』

「―――――」

『ちょ、ちょっと、変な冗談止めてよ…』

『冗談ちゃう。本気で言うてんねん』

「白石、お前自分が言うとる意味分かってるん…?」

『せやから別れるって言うてんねん』



閑静に喋る白石は至って冷静で、本気の眼をしてた。



『や、やだよ…蔵と別れたくない!』

『………』

『嘘でしょ?嘘だって言ってよ…』



肩を揺らせながら縋る名前に白石は、突き放す様に『今まで有難う』と背を向けた。

何で?
その一言しか頭に浮かばれへん。



『蔵っ!待って!お願いだから待っ―――』

「っっ、名前!!」



白石の背中を必死に追い掛けた彼女が消えた瞬間やった



「名前…?」

『     』



ほんの一瞬の出来事

名前が脚を出したと同時に物凄い速さで突っ込んで来た軽自動車。
そして消えるが如く下敷きとなった名前。
ブレーキの跡さえ無かった道路は瞬く間に紅く染まる。



「名前…?名前、名前、」

『……………』



人形みたく横たわった彼女に声は届かへん。



「しら、いし…何でお前あんな事言うたんや…」

『…………』

「白石、っ―――」



事が起きても黙ったままの白石に八つ当たりするつもりで罵声をあげたかったのに…



『名前、眼開けて……』

「…………」



真っ赤な彼女を愛しそうに抱き締めて泣くから

何も言えんかった……



ホンマは彼女が好きなんや

せやったら何で『別れる』なんか言うたん?どういうつもりやった?何がしたかった…?

疑問は底知れず溢れるけど、それに答えられる白石はもう居てへんかった。
植物状態になった彼女の傍に居る為だけに存在する白石は、彼女と同じで言葉を出す事無く呼吸をするだけ。



俺は、この現状を受け入れられるほど強い人間やないねん…

もし願いが叶うなら、
あの日に戻りたい

お願いします神様
僕を、彼女を、彼を
助けて下さい











「…お願いや言うたって、叶うはず無いわ……」



幾ら望んだって変わらない現実に俺が重い足取りで進んだ時、あの日がフラッシュバックする感覚で軽自動車が目の前に居た。





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