snow fall | ナノ


 


 st.01



ボールのインパクト音がして返ってくる

さらにソレを返す

この瞬間が堪らなく好きだった





snow fall
st1.circumstances



「名前ちゃーん!ラリー付き合うてほしいねんけど!」

『オッケーいいよー』



高校3年に入ってからすぐくらい、名前ちゃんは俺等のマネージャーになった。

初めはマネージャーなんか要らん、そう思てたのに半年ほど経った今は必要不可欠な存在で。
基本的なマネージャー業に加えてラリーであったり俺等の相手をしてくれる、あまりの働きっぷりに感心してた。

せやったら何で3年から始めたんや?
その疑問は残るけど、それは本人に聞いても笑って誤魔化すだけやった。

俺等も俺等で、進学先が8割決まってる奴は引退なんかせんと毎日のように部活に顔出してるテニス馬鹿や。
まぁ、それはテニスがしたいんもあるけどもうひとつ。



「ほなやろか」

『どんと来ーい蔵!』



彼女が好きやから。

そして、彼女と打ち合う事が好きやったから。



「ハハ、相変わらず上手いなぁ」

『名前さんを舐めちゃいけないよ!』

「どないやねん」



冗談みたいに言うてるけど、この子はホンマに上手いと思う。
ちょっと意地悪してラインギリギリに打っても難なく返してくるし、逆に俺が捕られへんようなスマッシュする事もある。


テニスやってたん?って聞いてもちょっと齧ってただけやなんて言うし。
ホンマはコーチか何か付いてたっておかしない。



『名前、』

『あ、光ー!』



20回くらい打ち合ったところで現部長の財前登場。

なんやねん邪魔すんなや。



『遊んどらんで仕事しいや』

『別にいいじゃんちょっとくらい』

「せやで財前。名前ちゃんやってホンマは引退してんねんから」



お前は後輩の相手しとけばええねん!俺等は俺等で仲良おすんねんから。



『引退せん言うたんどっちですか』

『光のケチ!』

『ケチでええから名前はスコア付けて』

「ええ加減名前ちゃん呼び捨てすんの止めろや、仮にも先輩やねんで」

『もう今更やん部長』

『確かに今更名前先輩とか呼ばれるのも気持ち悪いかもー!』

『名前もこう言うてるし』

「…………」



ならえーです!

俺やてちゃん付けで呼んでんのに。
…言うてもそれは俺が選んでそうしてるんやけど。

ホンマは皆が呼ぶように名前、って呼びたかった。せやけど嫌やってん。他の奴等と同じ呼び方とか特別って感じがせえへんし。そらちゃん付けやて在り来たりやし他にもそう呼んでる奴は居るんやろうけど、少なからずテニス部には居てへん。
あ、小春が居ったわ……まぁアイツはええ。



『ごめん、蔵行ってくるね』

「ん、俺ももう少し肩慣らしたら行くわ」

『うん』



名前ちゃんは財前にノートを渡されて行ってしもた。

もうちょっとラリーしたかったなぁ…



「ほな、壁打ちしよかな」



そう独り言を呟いた瞬間、



『頑張ってんなー』

「!!」



背後に忍んだ影。



「お、オサムちゃん…!なんやビックリするわ」

『ハハッ、悪い悪い』



振り向くとオサムちゃんが煙草喰わえたまま立ってた。
名前ちゃんに禁煙禁煙言われてるけど絶対無理やなーって思う。



『毎日頑張るなぁ!』

「他にやる事ないし、身体動かさな訛ってしまうわ」

『ちゃうちゃう、そんな話してへんって』

「え?」



オサムちゃんはプハーと白い息を出した後、帽子を深く被って口角を上げた。



『“名前”』

「!」



それは俺の気持ちがオサムちゃんにバレてるって事やった。

頑張ってるって…そっちか…!
な、何でバレたんやろ……



『手強い相手居るしなぁ、』



手強い相手……?
誰の事言うてんねや?
まさかオサムちゃんが……無いな。



『せやけど……』

「、」

『ホドホドにしといたって』

「え?」



上げすぎやっちゅーくらいの口角はいつの間にか“一”の字になってた。

帽子と前髪の隙間から見える眼は何処か遠く見てて…そんなオサムちゃん初めて見たんや。


ホドホドって、なんやろ…
名前ちゃんに付き纏うんホドホドにせえって事?んな阿呆な。
俺の頭は理解なんか出来ひんくて、後々、無理矢理でもその言葉の真意を聞けば良かったって後悔する俺が存在するなんか思わへんかったんや―――……





『あっっ!オサムちゃーん!!』

『おー、真面目にやっとるか名前』

『やってるよ!やらなきゃ光が怒るんだもん』

『アイツ見かけによらずうっさいからなー!』



スコアを書いてた名前ちゃんはオサムちゃんを見つけた瞬間オサムちゃん目がけて走って来た。

オサムちゃんに頭撫でられてニコニコする名前ちゃん。

もしかして名前ちゃんはオサムちゃんの事……?



「名前、ちゃん、」

『蔵、アップ終わった?』

「それは、ええねん…それより、名前ちゃんはオサムちゃんが好きなん……?」



聞いてしもた。
もしこれで“好き”なんか言われたら俺の片想いは一瞬で終わってしまうのに。
いや、本人目の前にしてたら好きやっても言えへん、かな…

とにかく俺の心臓はバックバック凄い音がしてた。
ゴクリ、生唾を飲むと。



『うん、好き』



期待とは裏腹な返事が返ってきた…

ああ、聞くんやなかった。

俺は血の気が引いてくような気さえして、その場から逃げたいのに身体が動かへんでつっ立ったままやってん。



『なんやぁ?名前俺が好きなんか!』

『うん大好き!お父さんみたいだもん!』



……え?
お父さん…?

動揺してる俺なんか気付きもせんと名前ちゃんは言葉を続ける。



『お父さんは無いやろ!俺まだまだピッチピチやのに』

『ピッチピチとかウケるー!オサムちゃん本当パパになってほしい!』

『禁断の告白か思たのにガッカリやな』

『やーだ!思ってもないくせに何言ってんのパパ!』

『パパ言うな』



これはもしかして、



「恋愛感情の好きちゃうん…?」

『……プッ!蔵も何言ってんの!アタシがオサムちゃんを?アハハ!パパにはしたいけど彼氏にはしたくないー!』

『うわー、地味に傷付くんやけどー』



俺はまだ失恋したわけやなかった。
良かった、良かった。

心底安心した俺は何か力が抜けて。危うく落としてしまいそうやったラケットを強く握った。


オサムちゃんが俺を見てほくそ笑んでたんは見んかった事にしよう。



『名前、お前何してんねん』

『出た、意地悪鬼ひかる!』



なんやかんや言うてると、また現れた財前。
名前ちゃんの発言にちょっと笑ってしまいそうやった。意地悪鬼って…今時無いわぁ!



『誰が鬼や』

『光しか居ないでしょー!』

『うっさいわ。スコアほたくって遊んでてどうすんねん』

『分かった分かった、真面目にやりゃーいいんでしょ!』

『初めっからそうしとけ』



少し拗ねた顔する名前ちゃんが可愛い、なんて呑気に思てると横でオサムちゃんが喉で笑ってた。



『アイツも青臭いわ』

「……………」



名前ちゃんと財前を見ると、財前はいつもの如く眼を吊り上げてたけど、それは俺と話す雰囲気と全然違ってて……


“手強い相手居るしなぁ”


財前が、名前ちゃんの事好きやったん…?





気付いてしまった僕等の想い。




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