shalala... | ナノ


 


 05-1



ずっと、ずっと名前が好きやった。


教室の隅っこに1人で居った彼女をいつも視界に映してて。
あの子は、笑ったら絶対可愛いって思ってた。

ある日プリントを落とした時、これはチャンスやと思った俺はすかさず拾いに行って。
プリントを差し出す俺に照れながらお礼を言うアイツが、心底可愛いと思った。俺の目に狂いはなかったんや。




『若年アルツハイマーです』


医者にそう言われた瞬間、自分の耳を疑って…俺の頭はハンマーかバットで殴られたかのように痛くなった。
何言うてんねんって殴りかかってやりたかったけど、申告を受けた名前は何処を見てるんか分からへん視線で呆然としてて……
せや。
今一番ツライんは俺やない、名前なんや…

彼女を一生守っていこうと誓った。



せやけど、皮肉なもんで…
物忘れ程度だった病状は日に日に悪化していく一方やった。
俺の名前が分からんなった時はホンマに気が狂てしまいそうやった。好きな女に名前を呼ばれんことが死ぬほどツライことやなんて誰が想像するんや…

俺の事、忘れても何度やって惚れさせたる。
そんな大口叩いとったくせに俺は耐えれへんかったんや。
弱い人間や……







あれから数週間が経った頃、名前は部活は愚か学校に来んようになった。
遂に何も、分からん身体になってしもたんや…



「こんにちは。名前、どんなですか?」

『白石君、いつも有難うね…』



学校来おへんなってから俺は毎日名前の家に通った。1日も欠かさずに。

俺が行く度に有難うって言ってくれる名前のお母さんも徐々にやつれていくのが目に見えて、それも辛かった…



「名前」

『     』



部屋に入ると、名前は窓の外を眺めとった。



「今日はええ天気やな、外見てたん?」

『     』



俺が何を話かけようとも振り向きもせず口も開かへん。

ホンマに、何も分からんのやな…

俺の事も、学校の事も、会話する事さえ――…



「名前、今日はなぁ、金ちゃんが食べよったたこ焼きをオサムちゃんが没収や、なんて言いだして自分が食べてん。金ちゃんめっちゃ文句言うてたんやで」

『      』

「財前は財前で俺の包帯が臭いとか言いよって。アイツ調子乗ってるわ」

『      』

「謙也は彼女に振られたらしいで。落ち込んでしもて練習手つかへんかった。全国は明後日やゆうのに心配やでな」

『      』



理解出来るはずなんてないのに毎日、その日の出来事を名前に伝える。

俺の暮らしを知っててほしくて。

名前の耳に届いてることをただ願うんや。

表情も変えへん。頷きもせえへん。せやけど、名前に伝わってるって信じとる……



「俺、絶対全国で勝つからな。優勝、名前にあげるわ」



そしたら、名前は笑ってくれるやろ?

3年間一緒に頑張ってきた証を証明したい。
やから応援してな。



「ほな俺、今日は帰るで。ゆっくり休み」



名前のお母さんに頭を下げて家を後にした。

日は止まることなく過ぎて、全国大会を迎えた。

決勝戦まで勝ち進んできた俺等はただ勝つことのみ。
名前の病気が治ることはないと分かった今、願うは優勝を名前に捧げることや。



「名前、勝ちに行ってくるわ」



名前の両親に許可を貰て、車椅子で会場へ連れてきたアイツの頭を撫でてやる。
左手に感じる温もりを力にして、深呼吸をして。



「しっかり見とくんやで」



俺はピースサインでテニスコートへ入った。

正直、相手は強豪選手で苦戦した。やっぱり全国。そんな甘くない。
せやけど俺は勝たなあかん。背負っとるもんが違うねん。
勝って優勝するんや。



『ゲームセット!ウォンバイ白石』

「勝っ、た……」

『優勝、四天宝寺!!』



ウオーと歓声が会場中響き渡る。

俺は一目散に名前の元へ走った。



「勝ったで!名前、勝った!俺等優勝や!!」



人目も憚らずアイツに抱きつく。
もし名前が、こないなってなかったら俺より誰より、泣く泣く喜んでくれるんやろう。その姿を想像すると自然と口角が上がる。



「お前のお陰や。一緒に頑張ってくれて有難う。この優勝は名前のもんや…」



“蔵、おめでとう”



「!」



そんな言葉が聞こえた気がして、抱き締めた手を緩めるなり名前の顔を見た。



「―――名前…?」

『名前ちゃん……』

『名前、先輩…?』



奇跡は起きた。
そこには、涙を流す名前。

まさか、そんなんあり得へん…



「名前!?分かるんか?名前!」

『      』



俺が肩を揺さ振って聞いてみても、何も言わず無表情のまま。
でも、拭っても拭っても絶えず涙は零れ落ちてて。



「名前……有難うな、ホンマ、有難う……」



アイツは、試合を見てくれてた。
ホンマは分からんはずやのに、泣いてくれる。伝わってんねや…
ちゃんと、名前に伝わってたんや……
もう二度と名前の目に映ることはないと思ってた俺の姿は映ったんやな…

俺は優勝したことよりも神様がくれたその奇跡に涙を落とした…








そして全国大会優勝を遂げた2日後、名前が亡くなったと両親から一本の電話が入った。



「名前、名前、……名前ーーーー!!!」



棺に入った彼女は真っ白な肌で穏やかな顔付きをしていて。
まるで生きてるかのように。

頬に触れると凄まじく冷たかった。
それは、名前がもうここに居らんってゆう事実を焚き付けるには十分やった。



『……ホンマに、逝って、しもたんやな…』

「嫌や…俺は認めへん…」



一緒に葬式に参列していた謙也は、俺の発言に身を捩る。



『白石、』

「名前は、死んでなんかない…ここに居る…」

『っ、白石!!お前ええ加減に――』

「分かってる!……せやけど、俺には名前が必要やってん…アイツの事、」



ホンマに好きやってん……


俺の言葉を聞くなり怒鳴っていた謙也は口を閉めて、胸を貸してくれた。


逝かんで、逝かんといて。
俺を置いて逝くなや………


泣きじゃくる俺を謙也はただ黙って聞いてるだけやった。

堪忍。俺が謝ると、言うな、と返事が返ってきて、一滴零れ落ちてきたそれが俺の手を濡らした。



名前。
お前は友達なんか出来やんって言うとったけど。
お前が居らんなって寂しいって思う奴はこんなに居てるんやで…?
お前の為に流す涙は本物やねん。
名前は善い友達持ってた。1人なんかやない、恵まれてたんや……





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