04
翌日、アタシは午前中から病院で。
学校に遅刻して行くようになるから付き添いはいい、と断ったにも関わらず蔵は着いていくと聞かなかった。
迎えに行くから、と。
それは嬉しいけれど蔵の負担になってないのか心配で堪らなかった。
全国大会だって目前だとゆうのにアタシにばっかり構って。
蔵が傍に居ないと不安だけどお荷物にはなりたくない。アタシは我儘だ…
ピンポーンとインターホンが鳴って玄関へ急ぐ。
今日は病院の日だとゆうことも11時に予約だとゆうことも覚えてた。
昨日より、調子がいい。
『おはようさん』
「おはよう、く…………、」
勢い良く開けたドア。
目の前に居る愛しい彼。
調子がいいアタシ。
だけど、
「――――………」
く……?
“く”って何?
あの人の名前は何……?
世界で一番大好きな貴方。
アタシの人生で不可欠な貴方。
会いたくて、たまらなかった貴方。
名前を呼びたくて仕方ないのに…
『名前……?』
「ご、ごめん、ボーッとしちゃって…」
『体調悪いん?大丈夫なん?』
「大丈夫、だよ。平気。行こう…?」
早く行こう、〇〇。
そう言いたいのに〇〇に当てはまる言葉が見当たらない…
だけど聞けるわけないじゃない…
名前なんだった?だなんて。
□
今日診察で先生に言われたこと。
まず、病気の進行は意外と早いかもしれないってこと。
あと、信頼出来る人と一緒に居ること。彼が居るなら大丈夫だね、って。
任せて下さい、彼はそう言った。彼には彼の生活があるのに…申し訳なくて泣きたくなった。
『なぁ名前…』
「どしたの?」
『学校まで、道覚えてる?』
「うん!バッチリ」
『そ、か。』
「今日は結構調子いいみたい」
『ならええけど………』
「うん」
彼が、ニコ、と笑った瞬間、アタシは彼の腕の中で。
学校へ行く途中、こんな道のど真ん中でされる熱い抱擁にドキドキした。
ドキドキ、したのに…
『……俺の名前、呼んでくれんねんな…』
心臓が止まるかと思った。
彼は分かってたんだ。
アタシが、名前が思い出せないこと。
きっと何で忘れるんやって罵りたいはずなのに、
“白石蔵ノ介”
そう小さく呟いた。
か細い声で…
「、蔵………」
『……っ、なんてな。忘れてるわけなんか、ないよな』
「――――っ、」
『なんか俺…名前に名前呼んでもらえんの、寂しかってん』
アタシは
最低な人間です。
「蔵、ごめん……ごめ、なさ……」
『何で謝るん?謝ることなんか何もないやん…』
「…ごめっ……蔵…蔵、」
『阿呆やな、謝ってる意味分からんわ……』
神様。
どうかこれ以上彼を傷つけないで下さい。
お願いです。
蔵だけは、蔵だけは……
蔵は幸せにならなきゃならない存在なんです。
どうか神様――…
お昼過ぎ、学校へ着くと蔵は部室に忘れ物してん、とアタシに先に教室へ行ってほしいと告げた。
分かった、そう返事をしたけれど、いつもアタシを待ってくれている代わりに今度はアタシが蔵を待っていてあげたくて、時間差で部室に向かった。
「教科書でも忘れたのかな、」
ドアを開けるとアタシが居る、そしたらビックリするかな。
たまには驚かせてみたい。蔵ならきっと笑顔で何してんねん、って喜んでくれるから。
そう思って実行しようと部室のドアの横に立った。すると、
ドンッ!!!
大きな音が響いて…
「え、何……?蔵に何か――」
『なんでアイツやねん!!』
蔵の、悲鳴ともいえる叫び声に言葉を失ってしまった。
『名前が何したって言うんや…毎日、精一杯頑張ってただけやん、何でアイツが病気なんかならなアカンねん……』
「―――――…」
『俺の事、忘れてしまうやなんて、そんなん嫌や!ずっとアイツが好きやって…やっと、名前の事幸せにしたる、って、思たのに―…なんでや……嫌や、嫌や…名前……忘れんで……』
お願いやから俺の事忘れんで
ずっとこれからも好きやって言うてや――
「蔵……」
ドンッ、ドンッ、と壁を殴るような音と蔵の泣いている声が聞こえる。
「蔵……蔵……ごめんね、蔵…」
彼は強いわけじゃない。
アタシの為にそんな素振りをしなかっただけ。
蔵だって、普通の男の子なんだよ。
1人で抱え込んでた痛みを今初めて知った……
他に何を失ってもいい
やから名前だけは俺に下さい
←