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 03-2



「えっと、ドリンク、ドリンク…」

『名前、出来る?』

「あ、蔵。ドリンク、粉末入れて水混ぜるんだよね?」

『うん合ってる。あと、これ…』



アタシを気遣って、様子を見に来てくれた蔵がおもむろに差し出してきたのは一冊のノート。

渡されるがまま受け取ると、後で読んどき、っと言って蔵はテニスコートへ戻っていった。

なんだろ、これ……
パラパラと捲ると、アタシは目を疑った。



「これ……」



そこには、アタシが今までしていたマネージャーの仕事がひとつひとつ皆の字で丁寧に書かれていて。

もし、アタシが忘れたとしても仕事がちゃんと出来るように。

こんなの、作ってくれたんだ…

溢れそうになる涙を堪えてノートを閉じようとすると、最後のページに何か書いてあるのを見つけた。



「わざわざ最後に、――!!」





名前へ


名前ちゃん、ツライなんて思わんでいいんよ。(小春)

俺はお前の味方や。せやけど小春はやらへんど。(一氏ユウジ)

先輩、一緒に頑張るんやで(光)

俺のことは忘れたらアカンよ(謙也)

願わくば一緒に全国制覇。(石田)

笑顔ばい!(千歳)

名前の作ったたこ焼きが大好きや!また作ってな!(金太郎)

泣きたい時は俺んとこ来たらええ。(オサムちゃん)

ずっと名前と一緒やで。忘れたとしても笑ってたら絶対思い出せるから。笑顔でおってな。約束。(蔵ノ介)



「なによ、これ……」



正直、信じられない。

アタシの為に皆がここまでしてくれるなんて。



「こんな事しておいて、笑えだなんて……」



止めようとしても止まらない涙。
ボロボロ溢れてきちゃう。こんなに、どこにためてたんだろう。

せっかく、堪えてたのに。
こんなの卑怯だ。泣かせてるのはそっちじゃない…


だから許して。皆のせいなんだから。そして、この涙は悲しいからなんかじゃない、嬉し泣きだから。




  □




今日も、蔵はアタシを家まで送ってくれる。

部室を出た瞬間繋がれた手に、アタシの胸は躍る。



「蔵の手、大きいね」

『当たり前やん』

「男の子だもんね」

『そうやなくて。名前の事、守らなアカンからな』

「……ストレート、すぎるよ…」

『言いたい事はちゃんと言わな伝わらへんもん』



そうだね…アタシもそう思う。
蔵の台詞はキザで歯が浮きそうになるけど、ストレートな分、しっかり伝わってくる。

それを全部受けとめるから。
1つでも落っことしたら勿体ない。“今”が全てだもの。



『日が暮れんうちに帰るで?』

「うん」



部活早く終わったんやし、と蔵に手を引かれ歩こうとはしたものの。



「…………」



今度は帰り道が分からなくて。
門を出て右?左?

駄目だ…通り慣れてるはずの道だって今初めて通る様に見える。

家路までもが分からなくなるものなんだ…当たり前が分からないなんて、やっぱりツライ。



「ごめん、蔵、アタシ道が分か―」

『手、離さへんかったら迷子なれへんやろ?』

「―――、そうだね」



アタシが言い終える前に、繋がれた右手が更に強く握られた。
蔵の優しさが身に染みる。

だけど。
穏やかな気持ちになれたと共に、ツライ気持ちと比例して感じるもの。



「アタシ、忘れちゃうのかな…」



それは、不安。



「蔵のこと、大好きなのに。その気持ちもいつか忘れちゃうのかな……」

『―――――……』

「他のことは忘れたとしても、この気持ちは忘れたくないよ…」





アタシを見ててくれた蔵



“名前が作るから美味いんや”

“女の子は甘えとくもんやで?”



素敵な気持ちをくれた蔵



“ホンマは一目惚れやってん…初めてお前に声かけた時から”

“名前はおっちょこちょいやからなー”

“明日部活休みやしデートせえへん?”



こんなアタシを好きになってくれた蔵



“休みでも、名前に会いたい”

“そうゆう素直なとこ、好きやねんけどな”

“会える思たらしんどいとか何も思わへんかって”

“遅刻は許さへんよ”



何億人と居る今で、たった1人。
アタシが恋焦がれた人。



鮮明に覚えてる蔵の笑顔を。
こんなにも想う気持ちを、アタシは全て忘れていくんだろうか。
何も、無かったかのように。

嫌だ…忘れたく、ないよ……
怖い、怖い……





『…、ええよ?』

「、え?」

『安心し?…俺のこと、忘れたって何度でも何度でも、俺に惚れさせたる。名前は何度も俺のこと好きになるんや』

「、忘れても何度も…?」

『自信無い?』

「まっ、まさか!……だけど、蔵はそれで、いいの…?」

『……やって、名前は名前やろ』

「――!………蔵、ごめ…っ…ありが、と……っ……!」

『またそやって泣くー。泣かんて約束したやん』

「違う、もん…泣いて、ない…」

『汗ってことにしといたるわ』



蔵はアタシなんかと違って強い人。

アタシは蔵にただ甘えてるだけだった。
…本当の蔵に気付くこともなく。




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