act.8 (1/4)
「はー……」
『あら渡邊先生、溜息なんてどうしたんですか?幸せ逃げちゃいますよ』
職員室で溜息溢した瞬間、隣の席の先生に笑われる。
幸せ逃げるやなんてけったいな事言わんでほしいわ、今幸せやのに。
部活でのやりとり、保健室でキスしたこと、昨日の一連を思い出しては、これからどないしよかなーなんて思って。
名前の気持ちに気付いた今、さっさと自分の気持ち伝えたいなーとか。せやけど名前から言うてくれへんかなーとか。
「溜息は溜息でも、幸せの溜息やからええんですよ」
『そうなんです?羨ましいですね』
本当幸せそう、なんて笑われて。
俺、顔緩んでるんやろか。
でもホンマ、嬉しいねん。
□
「お前等席つけー授業始めんで」
俺の声に、えー、とか、あー、とか文句垂れながら席に着く生徒。
チャイム鳴る前に席着いとけっちゅーんじゃって突っ込むところやけど今日はご機嫌やから許しちゃるわ。
授業を始めて数十分。
「(あ、)」
名前と目が合った。
ニッコリ微笑んでやると顔を赤くして俯く。
あー初々しくて可愛いわ。
……アカン。
今授業中や。こんなん誰かに見られたら面倒なことになる。
ちゃんと授業せな、そう思た途端、視線を感じて。
その視線は仁王から向けられたものやった。
「……………」
なん、やろ。
めっちゃ見られてるんやけど気のせいか…?
気のせいやないと分かったんは授業が終わってからやった。
『オサムちゃん』
「仁王、」
教室を出た瞬間引き止められて。
教室の中ではマズかったってことやろうか。
『…次、授業入っとる?』
「いや、フリーや」
『俺次サボるき、話、あるんじゃが』
「………、ええよ…」
授業サボるとはええ度胸や、なんて突っ込める雰囲気やなかった。
それほど仁王はピリピリしてて、アイツを取り巻く空気はえらいどす黒かったんや…
「…入り、ここなら誰も来うへん」
『…………』
職員室へ寄って会議室の鍵を頂戴して中へ入る。
俺が座ると、仁王は3つ開けた場所の椅子を選びよった。
「話って何や?それなりのことなんやろ?」
『………まぁ、』
「名前の話、か」
仁王はポーカーフェイスやったけどピクッと反応した。
やっぱりそうか。
仁王みたいなタイプが俺に悩み相談なんかせんやろうし。
何言われるんやろな。
ライバル宣言?…そんな柄やないか。
『オサムちゃん』
「なんや」
『名前が好きなんは分かっとる。名前がオサムちゃんの事好きなんも』
やっぱりコイツには全部バレてんねや。
仁王の一呼吸おいたとこで俺は煙草に火を点けた。
「……それで仁王はどないしたいん?」
『…オサムちゃんには渡さん』
……………。
渡さん言われてもなぁ。
名前が仁王の事好きなんならともかく。
それにまだ俺と名前は付き合うてるわけやないし、俺がどうこう言える問題ちゃうやん。
『それは置いたとして。俺は別に年齢がどうのとか、固いことは気にせん』
「そりゃおおきに…」
『じゃが、それでアイツを幸せに出来るんかって話じゃ』
「幸、せ?」
俺がアイツを幸せにせんとでも言いたいんか?
そんなもん幸せにせんわけないやん。俺は名前が好きやねん。
何で不幸にさせなアカン―――
『立場上、普通の付き合いは出来んじゃろう』
「隠さなアカンからな」
『それが苦痛になる、って思わん?』
デートは出来ん。
彼氏が居るってことさえ言えん。
周りは堂々と付き合っとるゆうのに、我慢ばっかりの毎日で。
例えば辛いことがあった時、安易に傍に居ってやることすらしてやれん。
万が一バレた時名前は退学かのう。
それで幸せにしてやれるん?
正論すぎる仁王の言葉に俺は何も言えへんなった。
『俺じゃなくともブンちゃんや他の人の方がいいんじゃなか?』
「………………」
『身を引いてやる幸せもあるっちゅーことじゃ。話はそれだけ』
煙草の灰が今にも落ちそうやってゆうのに、俺はただ愕然として身動き取れへんかった―――…
好き
嫌い
それだけの問題やないことに今やっと気付いた…
(200806/移動20120211)
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