さすがは北海道と言おうか、十一月の中旬だというのに、午後から雪で飛行機が飛ばなかったらしい。

私が式場に到着してすぐ、一緒に来るはずだった二人からそれぞれご祝儀の肩代わりを頼む旨の電話がかかってきた。

合計4万円という額は大学生にとっては決して安くはない。
ホテル代は足りるのだろうか、とため息をついていると、すぐそこで私と同じようなやり取りを電話口でしている男の人がいた。

「はあっ!? 何でもっと早くこねぇんだよ。あ? 仕事? 後輩の結婚式とどっちが大事だと思ってんだ……ったく、轢くぞ」

蜂蜜色の髪を乱暴にかき上げながら、その背の高い男の人ははたとこちらを見て、決まり悪そうに笑みを浮かべた。

年は私と同じくらいだろうか。シンプルな黒いスーツの着こなしからすると、童顔に見えるだけで社会人かもしれない。

軽く会釈だけしながらその横をすり抜けて、分厚いドアを開けた。

しんしんと雪が積もっている。ATMを探すのは骨が折れそうだと思った。



結局式に来なかったのは、私の2人の友達と高尾の先輩だけだった。

なんでも花嫁が北海道出身ですぐ近くに実家があるらしい。
人数の都合で同じテーブルを囲むことになった例の男の人は、そう教えてくれた。

「そういえば、高尾とはどういう知り合いなの?」
「えーと…… 中学のときの友達、かな。宮地さんはサークルとかの先輩ですか?」
「あー違う違う。大学じゃなくて高校のバスケ部。俺が3年のときに1年だったんだけど、アイツには本当に手ぇ焼いてさ」

そのとき、「ちょっとセンパーイ、あずみに変なこと教えないで下さいよー」とおどけたような声がして、私たちのテーブルに高尾がやってきた。

「よっ。久しぶり。はるばる来てくれてサンキュな、あずみチャン」
「ほんと、北海道で挙げるとか、はるばるって表現が正しいよ。感謝してね」
「ワリワリ。ま、昔のよしみってことでさ。なんだかんだ言って来てくれてんじゃん?」

黒い髪をオールバックにして、黒いタキシードを着こなす彼こそ、自身の誕生日に学生結婚と出来ちゃった結婚という2つの偉業を成し遂げた張本人だった。

予備校時代から付き合っていたという彼女は何度も聞かされていた通り、少し変わっていて、美人で。
純白のドレスを纏った彼女がバージンロードを歩み始めたとき、ぐっと喉元につかえる何かが無かったといえば、嘘になる。

しかしそれは、私以外誰にも悟られてはいけない感情だった。

「まあ、ともあれおめでとう。タカ、幸せになってね」

私が少しだけ口角を上げてそう言うと、高尾は口元を抑えながら視線を逸らした。

失言しただろうか、とどきっとしながら高尾を眺めていると、彼は顔を真っ赤にしながらもう一度私を見たのだった。

「やっべ、どうしよう、超照れるわ」
今度はどきりともしなかった。断じて。

「お前、緑間以外にダチいたんだな」
「ひどっ!? 自分で言うのもなんだけど、俺どーみても社交的じゃないすか!」
「それとダチとはまた違う話だろうが」

それからしばらく話して、高尾は次のテーブルに挨拶に向かった。緑色の髪の、妙に存在感のある男の人と話している。


ほうと息をつくと、窓ガラスが白くくもった。
夜の街が少しだけ浮き上がっているようなのは雪が降っているからだろうか。夢みたいに幻想的な世界。
ぼんやりと外を見ていると、ガラス越しに何か言いたげな宮地さんと目が合った。

「一気に静かになっちゃいましたね」
「ああ。アイツうるせえからな。全然変わってねー」
「まったく。彼女はあまり喋らなそうなのに」
「たしかに、あんたもあんまり喋らないよな」

あんたも。含むような言い方だ。何が言いたいのかと問うと、宮地さんはあっさりと答えた。

「もしかして、高尾の元カノかと思って」
「何言ってるんですか。友達ですよ、ただの」
「それじゃ、片思い?」

カタオモイ。ずいぶん前に、吐き出したはずの言葉だ。
跳ね上がる脈拍を耐えきった、ガラスの中の私はふっと笑った。

「そんなこと、初めて言われたな。どうしてそう思うんですか」
「…… それ、言わせる?」

宮地さんは急に声をひそめて、真剣な面持ちで私を見つめた。抑え込んだはずの心臓が再び動き出す。



すべて終わった時には雪は止んでいた。天気予報は明日は晴れると言っていたから、明日はきっと飛行機が飛ぶだろう。

室内の暖房の余韻が頬から消えていくのを感じながら、その場で財布を取り出すと、低いテノールが聞こえた。

「なにかお困りのことでも?」

確かめなくても分かる、宮地さんが私のすぐ後ろにいる。

「特にないですよ。お気遣いどうも」
「嘘つけ。友達の祝儀立て替えたんだろ。大学生がそんなに金持ってねえだろ」
「一応、ビジネスホテルだったらギリギリ泊まれるぐらいは残ってますから」

宮地さんは、ハンドバッグに財布を戻そうとした私の手をつかんだ。突然のことだったが、驚きはしなかった。
私はどこかでそうなることを知っていた。

「ったく、ほんとかわいげねー女だなお前。そんなんじゃ寄りつく奴も寄りつかねーぞ」
「愛嬌なんてもとよりありませんよ。タカなんて、女って認識もないんじゃないですか」

私がきっと見上げると、宮地さんは眉を寄せた。
頬の上を何かが通った感触がして、手を当ててみると、濡れていた。

信じられないことに、私は泣いていた。

「悪い…… 泣くなよ」

いたたまれなくなって、宮地さんの手を振りほどこうとすると、逆に腕の中におさめられてしまった。
どうせ失恋したかわいそうな女とでも思っているのだろう。

ああそうだよ、高尾が結婚するなんて思ってなかった。結婚式に呼ばれるなんて露ほども。中学のとき想いを告げていれば、それともこの前何も言わなければ、今頃何かが変わっていたのか?知らないけど運命を呪ってる。

私は、高尾のことをずっと好きだった。
高尾にはそう言ったはずだった。

「宮地さん、さっきの正解。ずっと片思いです。初対面でよく分かりましたね」
「さっきさ、高尾が行っちまったとき窓から外見てただろ」
「それが、なにか」
「そのときのお前、今と同じ顔をしてた。高尾のこと、好きなんじゃねえかと思った」

そのどこに「それ…言わせる?」と宮地さんに言わせる要素があるのかと問うと、「はっとするくらい綺麗だった」とのたまうから驚きだった。
しかし宮地さんは冗談でも慰めでもなく、本気で言っているようだった。

「そんなこと言っても、しばらくタカのこと引きずりますよ、私」
「関係ねー」
「はあ?」
「だから俺には関係ねーつってんの。明日の朝もう一度同じこと言えるか、試すか?」

深夜の雪景色、コート越しの体温、乾いた涙、直球なモーション。まるで妙な夢を見ているようだと思った。

「受けて立ちますよ」


所詮、夢ならば受け入れてやるしか目覚める術はないのだ。



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