31.

「みんなと離れるの嫌だけど、」

でも。
考えなくちゃいけない。

「私、あの部屋もなるべく早く出ようと思うの。プロシュートの話もありがたいんだけど、関係ない人間があんまり長くいちゃいけないだろうし」

きっとすぐ部屋は見つかるわ。仕方ないから親にでも借金しよう。

「今までありがとうでした!大丈夫!私口は堅いのよ!」
本当にお墓まで持っていくからね、そう言ったらホルマジオが煙をはきながら「頼りにしてんぜ」と笑ってた。


どこまでいっても平行線な距離は縮まる事がない気がする。縮めるためには私の稚拙な思考じゃ何もできない。

だけど。
「また遊びに来てもいいかな?あ、でもなるべく出入りしないほうがいいかしら」
「言ったろう、テメェの勝手だ」
「なら、時々来るわ!何か作ってくるから、リクエスト有ったら言ってね!」
縋りたくて言った。
けれどギアッチョが見過ごしたような冷たい視線で「あまり近寄んな」、低く言う。
「だよねぇ、その方が懸命かも」
メローネも。

「何よ!来ていいって言ったり近寄るなって言ったり!」
まだ甘えたくて、甘い私を許してほしくて言ったのにやっぱりその三白眼を細めたギアッチョが「テメェのためだろうが」。

「お前は知ってから考えるって言ったのに全く考えちゃいねぇじゃねぇか!よぉく考えろ!暗殺チームのアジトに一般人の女がミートパイでも持って出入りするか!?しねぇだろうがよぉ!」
「したっていいじゃない!ギアッチョだってマーケットでお菓子買ってたもの!ミートパイ食べたいなら持ってきてあげるわよ!」
「俺たちだって生きてるんだからマーケットにだって行くんだよ!あとミートパイが食べたいわけじゃねぇ!」
「生きてる人に会いに来て何が悪いのよ!」

ギアッチョはいつだって本心を引っ張り出してくれる。

「何が悪いの、みんなに会いたいだけなのに」

それさえも許してくれないの?
見据えて言ったら

「ギアッチョはイチが大切だからねぇ」

メローネが柔らかく言った。
「大切?」
「だってそうだろう?パーティの出発の時には来なかったくせに出発したら見計らったように来たじゃねぇか。そんな姿みたくねぇって言ってたし?プロシュートがアパルトから出そう「うっせぇぇ黙れ!!!」
「もう止めておけ」

メローネの胸倉を掴みあげたギアッチョを制したのはずっと黙っていたリゾットだった。
チッと大きく舌打ちしてギアッチョはメローネから手を放すと
「ギアッチョかわいい」
「キモいんだよ変態」
いつもと変わらない会話になってた。


羨ましい。
そこに当たり前に居る事が出来て、怒ったり笑ったりすることが出来るのが、すごく羨ましい。


だけど私はまだどこか遠い人の会話みたく思ってる。隣を見ればリゾットが腕を組んでいる。こんなに近くに居るのにね。袖をつかみたかったけど、組んだ腕は降ろされることがない。

「…近いのに」

持て余す手で自分のサイドの髪を耳にかけた。これなら隣もよく見える。けれど見えたやっぱり違う世界の人みたいだわ。

「イチ」
リゾットが急に顔をこちらに向けて何かを言い出そうとした。けどこれ以上聞いたらいけない気がした。やっぱり私は自分勝手よ「リゾット、今までありがとね!」、消すように声を出した。よかった、思った以上に明るい声が出たわ!

「私がいなくてもちゃんと食べてね?朝弱いからって食べないとかダメよ!」
「マンマか」
こんな時に突っ込みいらないわよ!
「それに冷蔵庫の中の賞味期限、気にしてよ?あとね、トイレットペーパーも切れる前に「イチ」

あまり話したくないわ。だって、なんだか泣きそうなんだもの。

「…なに」
「話がある」
「これ以上ないわよ」
「オレからは、ある」

そう言って、私の手をひいてリゾットの部屋に連れていかれた。


::::::::::


部屋に入って、つい何時間か前まで占拠していたベッドをみた。デスクも、上につまれた書類の束も、パソコンも、これって暗殺するための情報だったのかと思うと、私には関係ないはずなのに空恐ろしくなった。

「イチ」
「…」
「怖いか?」

何がって言いかけて、リゾットのことも、みんなのことも、ここに居ることも、きっと全部含めてなんだと思った。

「怖くないって、思う?」

そう聞いたらフッと笑って「そうだな」と言った。ベッドに腰かけたら横にリゾットも座った。

「もう、これ以上怖い思いをさせたくない」
「うん、私もしたくない」
「やはり出ていくか?」
「うん」

そうだね。
それがいいんだよね。
住む世界が違うんだもの。


「…でも、本音は寂しい」


どこ見てるかわからないけど、そのリゾットの横顔を見ていたら、一つの事が気になった。

「ねぇ」
「なんだ」
「すごく立ち入った事なんだけど、もし、答えたくなかったら、答えないでいいからね?」
「だから、なんだ」

一つ息を吐いて、

「リゾットが、はじめて殺したのって、……、従姉妹のお姉ちゃんをひいたドライバー?」


少し確信があった。


しばらく黙っていたけれど、リゾットは「大した想像力だ」と、諦めたような口ぶりで言った。

「やっぱり」
「やっぱりって」
「私はまだ小さかったからよく覚えてないけど、あのドライバーの判決にはかなり裏で力が働いたってあとから聞いたことあったから」
「…」
「判決が納得出来ないのに、それからのあのドライバーだってあんまり反省とかしてなくて、まるでひかれる側が悪いみたいな態度で」
「イチ」

人の人生を奪っておいてのうのうと生きてる人に幼いながらも憎しみを覚えた。でも、私はその判決を受け入れるしかなくて、リゾットは、抗った。

とてもお兄ちゃんらしいと、思う。

「死んだと聞いた時、報いだと、思った」

肯定でも同情でもないけど、私の気持ちだから言った。

「イチ」
「私はそれを喜んでさえいたかもしれない」

人が一人死んで喜ぶなんて不謹慎だと親に諫められたのも覚えているわ。だけど、だって、心底憎かったんだもの。

「リゾットが私的な感情でやったのって、他にある?」
「話せないな」
「ん、そっか」

まぁそうだよね。そうだと思うよ。ベラベラしゃべることじゃないよね。
ふうと息をはいて、顔をあげた。


「ねぇ!ソルベとジェラートに聞いたけど、リゾット、私が居る間ずっと誰かを配置してくれてたって」
「言ったのか」
「バッチリ聞きました」

ヒヒヒと笑って見せたら、少しだけ気まずそうに眉を寄せて、やっぱり耳をちょっとだけ赤くした。

「心配性ね」
「そんなことなかったろう」
「そりゃありがたかったけど」
アジトに一人置いておいて何かあったら、って考えてたんだろうけど。

「過保護だって!私だって成人したんだし、ちょっとやそっとじゃ死ななかったじゃない!」
「死にかけたじゃないか」
「でも、助かったもの!」

「あの時、メローネから連絡を受けた時、こんな商売やっていながらも生きた心地がしなかった」

そう言うと、私を見て、「すまなかった」、また言った。

「そういうの、もう要らないってば」
謝られるのも、隠されるのも、もう要らない。私に話してくれたのだけだって、ずいぶん悩んだんじゃないの?だからもういいよ。

「わがままばっかり言ってごめんね」
「こっちの都合で振り回して悪かったな」

そんな事ないって言おうとして、やっぱりどっちもどっちだから言わなかった。

そろそろ、頃合いかもしれない。

「もう会うこともないだろう、とか、言ったりするの?」
「映画じゃないぞ」
「私にも言わないでね」
「言わないが、言いたいこともある」
「何?」


「ここに居て欲しい」



立ち上がりかけた腰が止まった。腕を引かれて、また逆戻りした。



「は、い?」



ちょっと。
待ってよ。
今までの会話、全部ぶち壊すわけ!?私の話、聞いてなかったの!?

けれど当の本人はケロリとしたまま、顎に手を当てて何か考えている。

「何、…言ってんの?!」
「いや、ここに居てほしいと」
「だから!今までの会話聞いてた!?」
「聞いていたが、問題あるか?」
「あるから話してたんじゃない!」
「怖いとか、危ないとか、そういう事だろう?なら問題ない」
「それがあるからこんな「そんな事ならオレがいるだろう」



いる…、けど、



「でも」
「問題ないな」
「どこをどうしたら問題なくなるの」
「オレがもう怖い思いも何もさせなければいいんだろう」
「できるの?」
「できないと思うか?」

顔が赤くなっていくのがわかる。何をさらりと言ってるのこの天然は!まっすぐこっちを見て、その赤い瞳から逃れる事を許さないように。



「イチがいないと生活が出来ない」



この、男、は。

プロポーズでも、しているつもりなのかしら。ダメだ顔が赤くなってる私!完璧に空気に飲まれているわ!落ち着いて!落ち着くのよ私!目の前にいるのは殺し屋で天然稀少生物な、


「…リゾット」


リゾットが居るんだ。
ひかれた手がじっとり汗をかいてきた。

「イチがここに寝ている間、気がついた」
「…何」
「居た方が落ち着く」
「は?」
「いないとどこで何をしているか、気になって仕方ない。それに飯の用意も」
「…ちょっと、待って?」
「困るんだ、いないと」
「それは…、私がいないとって、それは」
「もう一度言おうか?」

笑って言った。らしくないな、そう思ったらすぐにわかった。

「リゾット!」
「なんだ」
「もしかして、リゾット、…、えと、あの」

混乱した頭が次の言葉をはじき出す前に、リゾットが言葉をだした。

「一緒に暮らしたい」

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