22. 路駐された車の一台はやはりギアッチョのものだったらしく、助手席に投げ込まれるように押し込められた。 自分も乗り込んで乱暴にキーを回す。低いエンジン音がして一気にアクセルを踏み込んだのがわかった。 どうしよう顔があげられない。ボタボタと涙もきれない。 膝を抱えて、額をつけた。 私やっと気が付いた。お金がないとか、そんな理由じゃあなくて、私はリゾットのアパルトに居たかった。みんなが居て、リゾットが居て、そこに居たかった。頭を叩かれようが、何人分かもわからない料理を作ることになろうが、寝起きが悪いリゾットが朝ご飯を一緒に食べてくれなくても、そんなのいいから、居たかった。 みんなが好きだった。 リゾットが好きだった。 「泣けよ」 声が出ないよ。 「泣きわめいて、居たいって言えばいいじゃねぇか」 無理だよ。 「めんどくせぇ女だっつってつまみ出されるくれぇ、泣きわめけよッ!」 「……っき、ない…」 頭を振ったら、ギアッチョの手が髪を掴んで、引っ張った。痛い。毛根が全部ダメになっちゃうんじゃないかってくらい痛い。 急ハンドルに急ブレーキの連続に体を揺さぶられながら、車を道路の真ん中に留めたギアッチョが私の顔を覗き込んだ。 「…汚ぇ顔」 後ろからクラクションが鳴り響く。頭の中がガンガンする。 「てめぇは、本当によくオレたちを振り回しやがる」 「ごめっ…」 「声出るんじゃねぇか」 手のひらで顔を拭ったら化粧が落ちたのか黒ずんだ涙が浮いた。髪を離してギアッチョはまた車を発進させる。自然さがった顔からまた涙が落ちた。 それからしばらく無言のままで走ってた。ずっと俯いていたからここがどこかもわからない。けれど、ようやくして止まった場所で私は引きずり降ろされた。乗せられた時みたくやっぱり裸足のまま、ギアッチョに左腕を強く握られたまま。 私の片腕を離さないで、階段を上がっていく。3つめのドアの前で車のキーに一緒についたキーを取り出してガチャガチャと回した。ドアはずいぶん厚みがある木材なのにかなり痛んでいた。 視界がぼやけるし、頭も痛い。考えたくない。 何も言わないままその部屋の中に連れられて、ベッドの上にほうりだされた。 「オレの部屋だ」 くらい室内を見渡せば乱雑に散らかり、隅に置かれた大きなテレビの割にソファは小さくあって、あとはこのベッドだけだった。散らばった雑誌に片付かないゲーム、食べたままの食器の山。石の壁。 「オレはソファで寝る」 そう言って部屋の片隅にあったクロゼットの中からブランケットを取り出した。それにくるまってさっさと横になってしまった。暗い室内にやっと目がなれる。まだ、痛いけど。 「…ギアッチョ」 かすれた声が出た。そのバカみたいに小さな声が出たあと、また感情がぶり返して、しゃくり上げてしまった。 「うるせえ」 「ごめんっ…なさっ」 「泣くなら泣ききるまで泣け」 「っく、ごめっ…」 チッと大きな舌打ちをしてギアッチョは起き上がったのがわかった。 そのまま、自分がくるまっていたブランケットを私の頭からかぶせた。その上から、腕が回されたのがわかった。真っ暗な視界に今度こそなって、私は声を上げてないた。 ::::::::::: ずいぶん泣いた。目が痛いくらいないた。ギアッチョがその間ずっと居てくれたのもわかったし、途中携帯が幾度となく鳴っていたけれど、ギアッチョはそれを全部無視したようだった。 だいぶ、落ち着いた。 しゃくりあげてた息も戻ってきていた。頭からかぶせられていたブランケットから顔を覗かせれば極至近距離にいたギアッチョと目が合う。 「もういいのか?」 「…ありがと」 髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。今はすごくありがたい。 「顔、洗いたい」 「奥だ」 言われるままに踏み出して手探りでドアを開けるとバスルームになっていた。冷水をだして顔をつけたら、しみるように気持ちよかった。 後ろで物音がして振り返ったら「タオル」、投げつけられた。 顔を洗って少し目が覚めた私はベッドに腰をかけていたら、冷蔵庫から出した冷たい缶を差し出された。 「飲んで寝ちまえ」 アルコール飲料だと知れる。ギアッチョが腰をかけて、隣でプルトップを開ける音が響いた。 「私、」 甘えていたから、怒らせちゃったのかな。プロシュートの今日の剣幕はきっと本気だ。 「帰れないのかな」 呟いたら、ギアッチョが 「帰りたいか」 そう言った。 「帰りたい、けど、私に居てほしくないなら、帰れない」 「めんどくせぇ奴だな」 開けずに持っていた缶をギアッチョが取り上げて開けて、また私の手に戻してくれた。 一口飲んで、喉に下す。冷たいわ。 「オレは下っ端だから此処に居るのは気兼ねはいらねぇ」 「ギアッチョ」 「好きなだけ居ればいい」 また頭をかき混ぜられた。ギアッチョ、やっぱり優しい人。そんなに優しくしないでよ、私はまたきっと甘えてしまう。 「ギアッチョ、だめ」 「…」 「私、すぐに甘えるから、だめ」 その時ギアッチョの携帯が鳴った。一瞬迷ったようだったけど、腰をあげてそれを取った。 また一口飲むと冷たくて頭が冴えたのがわかる。私、ギアッチョに連れ出されてよかったと思ってる。あの場所に居たらきっともっと酷い感情になってた。ドロドロして、泣きついて、情けなく喚いたかもしれない。リゾットを困らせて面倒だと思われて、邪魔だと言われていたかも知れない。それならこうして落ち着いて頭を冷やして、笑顔でありがとうって言って出ることにしたい。 いつかはでると決めていたんだから、大丈夫よ。 「…わかった」 ギアッチョが携帯をきってこっちをみたのがわかった。 「ギアッチョ?」 「何でもねぇよ」 「…そう」 もう一口飲んだら、ギアッチョはもう飲み終えたらしく缶を置いた。 「これも飲んで」 「イチが飲めよ」 「飲み切りそうもないもの」 渡せば勢いよく飲んでくれる。本当に、ありがとう。 ほんの数秒で飲みきったギアッチョが缶を置いた。そのままの手で私の顔に触れた。缶で冷えた指先が気持ちいい。 その手か離れたら、今度は手を握ってくれた。リゾットに比べて柔らかい手。 「私」 「…」 「みんなのごはん作るの好きだった」 「…」 「メローネには野菜を多くつけるの、プロシュートには必ずブラックペッパーをふったわ」 ペッシにホルマジオにはお肉を多くして、ギアッチョはバランスよく。 「きっと私、そうやって、そこにいていいって、言って欲しかったのよ」 ギアッチョは黙ったままで聞いてくれた。子供じみた言い訳みたいな理由をつけて、当たり前に居るチームメンバーみたいに居たかった。 「羨ましかったの、一緒に住んでなくても、繋がってるみたいな皆が」 「だから、そこに居たときは私もその輪に入れたみたいで幸せだった」 何も知らないのにね。 「ホルマジオに此処にいたいなら笑ってろって言われたわ」 「意味わからなかったけど、今なら、なんとなく、ホルマジオの優しさがわかる」 きっと、何か踏み入ってはいけない柵があって、それを超えるなって事なんだと思った。知ったら笑っていられないのかもしれない。 「プロシュートだって考えもなく言う人じゃないってわかってる」 だから理由が欲しかった。けれど、理由は柵の向こう側。 「私一人で輪に入れたと勘違いしていたのかも知れない」 ギアッチョが握っていた手を、更に強く握ってくれたのがわかった。 「近くに居たと思っていたのに遠かったよ」 またボタボタと涙が頬を伝えていく。枯れない。体中の水分持っていかれてもいいよ。 「リゾットにね、いつも言ってたの。邪魔なら出てけって言ってって」 「リゾットは優しいから、言わなかったけど、やっぱり邪魔だったよね」 声が震えてきた。頬がつるみたく、上手くしゃべれない。またギアッチョに怒られる。泣ききってなかったのかって。 「私、ギアッチョに怒られるのも案外好きだった」 「メローネの事気持ち悪いって言っても憎めないし」 「ソルベに料理教えてもらいたかったし」 「ジェラートにはもういいって言うまで食べさせたかった」 止まらないのかなこの口は。不思議に出てくる。 「イルーゾォの好みはまだわからないのよ」 「ペッシは肉食なのに、魚をよく差し入れてくれたわ」 もっと、しりたかった。 まだ全然足りなかった。 「みんなともっと居たかった」 ずっとギアッチョが握ってくれてる手が暖かい。 「リゾットのアパルトに居たかった」 まだ夜明けまで遠い。 |