16. プロシュートに言われたパーティも差し迫ったころ、仕事を終えて帰ればリビングにイルーゾォがいた。ソファに座って何かの雑誌を捲っている。比較的来る回数の少ないイルーゾォの背中を見ながら 「ただいまなさい」 「あぁ」 「どうしたの?」 「プロシュートを待っているんだ」 顔を上げずに、もちろん、視線なんて合わさずにイルーゾォは言う。ホルマジオが来たとき以来かもしれないわね。荷物を置いて上着を脱いだら、奥からリゾットが出てきた。 「ただいま」 「お帰り」 いつものように挨拶を交わして私はキッチンに向かった。お腹減ったわ!今日は何をつくろう!腕捲りをしたときにプロシュートが入ってきて「よぅ」と片手を上げた。 「プロシュートもイルーゾォも晩御飯食べた?」 「まだだ」 「オレも」 「じゃあ一緒に食べていってね」 あぁ、と返事が返ってきて3人はソファで何かをしゃべりだした。全くというほどじゃないけど、会話はあまり聞き取れない。それにきっと私が聞いてもわからない。足元にすり寄る美人さんに缶詰めと水を差し出して、とりあえずパスタを茹でよう、あとどうしよう。悩みながら冷蔵庫を開けた時に 「バンビーナ、メローネは来たか?」 「メローネ?そういえばこの前以来会ってないわ」 プロシュートが話し掛けてきて、そして舌打ちしたのがわかった。 忘れてたわけじゃないけど、用意するって言ってたから急かすみたいになっては嫌なので連絡せずに待っていたのよ。でも今考えるとそれって危険だったのかも!だってメローネの趣味を全面的に肯定した上での選択だとしたら一体どんなものが飛び出してくるかわからないわ!あぁしまったかしら!あんなに張り切っていたから真っ当なものを持ってきてくれるって信じたいけど、もしもの場合は直前に別のを探すのは大変だし、ていうかいきなりパーティ用ドレスを買うなんて出費は痛いわ! 「…安月給の弱味だわ!」 「メローネに強請られてんのかテメェは」 「やだなぁ、オレはベッドの上以外ではそんな事しねぇよ」 「メローネ!?」 久しぶりに驚いたわ!足音もなく近寄ってきて後ろから会話に参加するなんてその紫のマスクくらい悪趣味ね! 「持ってきたんだよ、もっと嬉しそうにしてくれないか」 本人は至って楽しそうにしてるけど!心臓に悪いわ!あぁびっくりした! 「何着かあるんだ。着てみて選ぶのがいいだろ?」 マイペースにメローネは廊下に置いた箱を指差した。ね?と小首をかわいらしく傾げながら私をみるけど、同時にふきこぼれそうになった寸胴鍋に私はかかりっきりになってしまった。 :::::::::: 晩御飯を食べ終えてから始まった試着。メローネの趣味は正当じゃないけどすごくいいと思えるものばかりで変な心配をしていた自分が恥ずかしくなる!外箱に並ぶロゴマークは軒並みハイブランドばかりで一体どうやって集めたのか不思議になる。 最初に着てみたものはワイン色のスゴくサラサラとした肌触りのいいもの。着心地はいいけれど背中開きすぎ!メローネはその背中をなぞって笑ったりしてた。 「オレとしたらオススメはやっぱりこのワンピースかな」処女っぽくていいだろ?と出したのは黒のベロアのワンピース。胸元は広く開いているけれど膝丈のスカートラインがとてもキレイ。 「どうだい?」 「ステキ!これにする!」 だったら髪は上げた方がいいね、と姿見でみていた私の後ろにたち髪を持ち上げた。その手が首筋から腰に滑らかに動いてく。 まるで、 「メローネ」 「感じる?」 「何言ってるの」 「着せてなんだけど脱がせたくなる」 ぺちっと手を叩いたら首筋で笑う息があったのがわかった。 メローネの本気はわからない。またからかわれたりしたら大変だもの。あしらうようにメローネの手を外したら、鏡の中のメローネはまた表情を変えて 「見せてこようか」 にっこりと私の手をひいてリビングに連れ出した。本当にどこまで本気かわからないわ! 「どうだい?」 「上出来だ」 プロシュートが腕を組んで見てきた。 「よく似合っている」 もう一言、付け加えられる。照れるわね!なんだかキレイになった気さえするわ。 それでもプロシュートがなぁとイルーゾォの方を向けば「あぁそうだな」とあまり興味なさそうに言われてしまった。うん、現実ってこういう感じよね。ただ気になっていたのは無言のリゾットなのよ。ちらりと見上げればやはり無表情のまま居る。 見上げた視線がぶつかった。 「どうかしら」 スカートの裾を掴んでみせてもやはり無言のままで、しばらく考えたように顎に手をあてていたけれど、突然、私の腋に手を伸ばして持ち上げてきた! 「は?!え!?いや、リゾットォ!?」 まるで"たかいたかい"をされるように持ち上げられてる!足をバタつかせても何も思わないような無表情のまま! 「ちょっ!リゾット、降ろして!!」 高い!天井がすぐ近くにある!何考えてんのよ! 「アッハッハ!リーダーどうしちゃったの!?」 メローネが声を上げて笑いだしてイルーゾォが眉を寄せてる!助けてプロシュート!視線で助けを求めたら後ろから私を支えるようにして「オラッ、手ぇ離しやがれ」とリゾットから引きずり降ろしてくれた。あぁ助かった! 「急にどうしたんだよ」 プロシュートがリゾットに言えば 「いや、大きくなったな、と」 「近所のガキの成長じゃあねぇんだぞ!?」 「リーダーおもしろすぎ!パードレだぜ!」 「感慨深いものがあってな」 アハハハハ!とメローネが笑いだしたらプロシュートもつられるように笑って、イルーゾォがくだらねぇとやっぱり笑ってた。 あれ、でも、なんだろう。私はちっとも面白くない。大きくなった、って今言わなくてもわかるじゃない。近所のガキの成長って、やっぱり私もそういう感じなんだろうか。一言でも似合うとか言ってくれたらよかったのに。嬉しかったのに。 「リゾットがパードレなんて、」 「何か言ったか」 私は自分でリゾットに感じたのが安心感だったのに、リゾットにそれ以上を求めようとしてたのかな。だったら自分勝手すぎる。 「なんでもない」 首を横に振ってからリゾットに笑って言えたわ。 :::::::::: 「当日は、何かが起こったらイルーゾォに従え」 試着を終えてリビングに戻るとプロシュートが告げた。 「何かって?」 「フソクの事態ってヤツだ。何も起こらねえとは限らないからな」 「プロシュートがずっと一緒ってわけではないのね」 「まぁ、ずっとってわけにはいかないだろうな」 「わかった。イルーゾォも行くのね?よろしくね」 「あぁ」 ソファの肘掛けにもたれてたイルーゾォが視線だけ向けた。なんだか色んな部分が隠されたようなもの言いだけど、もしかして 「…お仕事?」 小さく聞いたらプロシュートはイエスともノーとも言わずにハンッと笑って「美味いもん食いに行くだけだ」と言った。ただイルーゾォが腰を上げて「遊びじゃあない」とも言った。 「ホルマジオが苛つく意味もわかるな」 冷蔵庫から持ち主不明だった紅茶のペットボトルを取り出して口をつける。ホルマジオが苛つく意味?苛ついてたのって、あの転居届の夜? 「イルーゾォ、どう「気にするなイチ、イルーゾォも、頼むぞ」 「わかってるよ」 何口か飲み下して、また元に戻したイルーゾォが「じゃあ当日に」と手を振った。 さっき遮ったプロシュートを見れば、私の視界を閉ざすように髪をかき混ぜてきた。 |