12/ 一心不乱、という訳ではないけれど、とにかく鉛筆を走らせた。目の前に居る人を見つめながら描くのはなんだかとても気恥ずかしいものがあるけれど。でも描いている内に楽しくなってきて、つい最近日本で流行ってた歌を口ずさんでしまった。 頬杖をつきながら暫く黙っていた被写体さんは、本当に暫くしてから「つぅかよォ」、つまらなそうに口を開いた。 「アオちゃんは何をしに来たんだ?」 「はい?」 「イタリアに留学だっけか、わざわざ何でだよ」 「あー、‥えと、」 世間話のつもりなのだろう。 ホルマジオさんの頬杖を見ながら、わざわざイタリアまで来た意味を喋ってみた。自分の中での理想に少しでも近づきたいこと、出来ることを増やしていきたいこと、気恥ずかしくもあったけど、スケッチブックがそれを隠してくれたからつい饒舌になっていた。 時折ホルマジオさんがフゥンとか鼻を鳴らすように相槌を打っていて、それがとても小気味良かった。 「できました!」 スケッチブックを出して見せてみる。 「オマエ、オレ描いてたのかよッ」 「気づいてなかったんですか?」 「しかも、何でマトモに描いてんだよ」 マトモに描いて何がいけなかったのか、ホルマジオさんはスケッチブックをバンバンと叩きながら「間違え!何か間違いを書き込めよ」、そう言った。 あぁそっか。 つい忘れてた。 ホルマジオさんと彼を描いたものを見比べながら、わかりやすい間違いとはなんだろうか、探してみる。 たぶん服とか、例えば帽子を被せてみても無駄だと思った。身体的な、私が認識していないのにわかることで、間違いだと気付けるような事。絵と彼を見比べながら、「‥ピアス」、その数を敢えて間違えてみることにした。 そして敢えての間違いをおかしたこの紙をホルマジオさんは容赦なく細切れにした。 「火でもつけてみるか」 「室内なんでやめてください」 そう言って、私はスタンドを呼び出すことに集中力を注いだ。 「そいつらが何を言っているのか、よぉく耳をすませ」 ホルマジオさんが遠くで言った気がした。 私にはまだどこに居るかわからないのに、見えているのだろうか。でも、程なくしてどこからか現れた小さな彼らに今日は冷や汗が出た。 「なんで‥」 いつもなら蠢く彼らはすぐに対象物に向かっていく。けれど今は動かずに、私に視線を合わせるように揃ってこちらを見ているようで。仮面の下から覗いているのだろうその視線に呼吸が浅く速くなるのを止めれない。 一体ナニモノなのだろう。 この世のモノなのだろうか。 これは本当に私の力なのだろうか。 おそろしい。 そんな風に感じたこともなかったのに、今は恐ろしくて堪らない。 冷や汗が首筋まで流れた時だった。 「耐えろよ」 右肩に手を乗せたホルマジオさんがすぐ後ろで呟いた。 「こいつらにだって主張はあるはずだ。よぉく聞けよ。意識をとばすんじゃあねぇ」 あぁ、やっぱり見えているんだ。 その事がすごく心強かった。 頷いて、彼らの視線に耐える。 もぞもぞと動き出した彼らのなかで、一際大きな個体だけが動かずこちらを見ていた。それが不思議だったけど、すぐにわかった。このたくさんいる彼らは大きな個体から分裂したものであって、もともとがこの大きな子なんだ。だから分裂してもとに戻るように他の個体を食べるのだろう。 大きな子が、その大きな口を開けて何かを喋っているように見えたけどそれが何かまではわからなかった。 睨み合うようにしばらく向かいあう。それは多分一瞬で、大きな子はバラバラになったスケッチブックに向かい始めた。というよりスケッチブックを食べた分裂した個体に食らいつき始めた。 血が流れるとかはないようだけど、やはりグロテスクだな。 その内その大きな子のみとなった。 満足そうにこちらを向いて、大きな口を開ける。そこから1枚の紙を吐き出した。 そして何かを言った。 確かになにか言った。 でもわからなかった。 「ちょっとまって!」 手を伸ばしたけれど、まるで煙のようにフッと消えてなくなったしまった。 「あと少しなのに」 消えてしまった彼らを惜しんで床をなでる。 さっきまで居たのにな。 何かを言っていたのに。 わかってあげられなかった。 冷や汗で濡れた額を拭って視界を上げた。途端にクラクラして背中を壁に預けてしまった。 クックックッと喉の奥で笑う声が聞こえる。 ホルマジオさんが直した紙を持ちながら、肩を震わすように笑っている。 「想像通りだぜ」 紙を揺らしながらこちらを見てきた。 そしてミネラルウォーターのペットボトルを私の顔に押し当ててくる。開けてくれたら嬉しいなと思いつつ受け取って自分の力でこじ開けた。 「アオちゃん、気付いていたか?」 「は?」 「オマエの能力は直すことだけじゃあ無さそうだ」 見せてきたホルマジオさんが描かれた紙。 そこにはピアスの数が本人と同じに訂正された姿が描き出されていた。 |