アパルトでの話2

電車に揺られながら、とりとめもなく考える。
パネッテリアのおばさんにあれだけ信頼されるブチャラティさん、そのブチャラティさんが仕事を頼むアバッキオやナランチャ、それにミスタ。前は金髪の少年もいたっけ、ナランチャが名前を言ってた、えぇと。
ひったくりの件を解決してくれて、まだ人となりなんてわからないけれどミスタは悪い人とは思えない。でも親切ではないなんて。

電車から降りてそのまま馴れた道を歩く。マーケットによりたい、でも食費はキッチンの引き出しだ。
考えは纏まらず、気持ちは落ち着かないまま。
すぐ見慣れた玄関の前にたどり着いた。息を吸ってはく。よし、大丈夫。

「ただいまなさい!」
アパルトのドアを開けるとタバコの匂いがする。
「ホルマジオ!やっぱり、当たり!」
リビングに入る前に声を出して覗いてみると、そこにはホルマジオとイルーゾォと、プロシュートが居た。

「3人で眉間に皺を寄せて何やってんの」
「悪巧みだよ、あっちいってろ」

プロシュートに手を払われてしまった。
そんな邪険に扱わなくてもいいじゃない。思いながらも西窓の部屋に入ろうとドアを引くと、ベッドの上に誰かが横たわっていた。

「メローネ」
何やってんの、言っても動く様子はなく。
寝てるのかしら、覗きこめば「ぅわ!」、そのままに首に手を回して抱き寄せてきた!
「離して!」
「何処へいっていたのさ」
「ネアポリス!離して、メローネ!」
腕立て伏せをするように、メローネにはくっつかずに耐える。がんばれ私の上腕三頭筋!
「またネアポリス?最近のお気に入りかよ」
「借りがあったから返しにいってきたの!離して!」
「借りって」
「ひったくりの時の!」
あぁ、そういや膝のアザは消えたかい、なんてあえてのんびり喋る姿。もしかして機嫌が悪いのかしら。
首にまわされた腕がさらに負荷をかけてきて、ついに私の上腕三頭筋は堪えきれなくなった。メローネの胸に顔面から落ちる。
「んっ!」
でもそこで興味がなくなったのか、手を離したメローネは私を押し退けるように体を起こした。
酷く自分勝手なその態度にカチンと来た私は「ネアポリスで出会った人たちはとても親切だったわ!」、言いはなった。

ハニーブロンドがゆるりと動いて見えた緑の瞳は冷めたくて。
「親切な人に惚れてきたの?」
「どうしてそうなるの」
「短絡的な話かと思って」

煽っている、のだろうか。
息を吸ってとめて、感情的な言葉を飲み込んだ。
だから続く言葉もでなかった。
振り上げてやりたい拳も握って耐えたから、スカートに大きな皺が寄った。

「‥なんてね、ごめんごめん」

立ち上がって横を通り抜けていく。
通り抜け様肩をポンポンと叩かれた。それが更に感情を逆撫でしたことは、自分の腹におさめておいた。


::::::::::

暫くしてから部屋のドアがノックされた。
臥せていた机から顔を上げれば「調子わりぃのか」、ドアノブが回された音と同時にホルマジオの声がした。
「‥悪くない」
気分は悪いけど、声に出さずに付け加えた。
「何か作ってくれよ。腹減ったんだ」
「悪巧みは終わったの?」
「とっくだよ」
言うとホルマジオはさっさと廊下を進んでいった。

メローネがいないといいな。
でも居たら何気ないふりしてやり過ごそう。きっと向こうもそうしてくる。
リビングを見渡して、ハニーブロンドの髪が見えないことにほっとしながらキッチンに入った。


「ってあれ?」
私はソファに腰掛けたプロシュートの後ろ姿を二度見してしまった。いつものスーツ姿なんだけど「‥髪」、先程までぴっちりと結い上げられたその金髪が肩口にまで流れている。

「どうしたの?」
「ゴムがハネた」

一言だけ発したプロシュートの機嫌もさほど良くなさそうで。首を傾げながら「あげようか?」と伝えても何も返してくれなかった。
プロシュートの向かいに座ったホルマジオと目があって、ヒラヒラと手を振られたけれど、彼も何も発しなかった。

変なの、そう思いながら冷蔵庫を開けると、ちょうどリゾットが奥の部屋から出てきた。

ねぇ、どうしたの?何かあったの?

聞きたいけれど聞けなかった。
リゾットは何も変わらず、ダイニングチェアに腰を下ろした。
その時にリビングからプロシュートの怒号が響いた「ペッシィ!チンタラしてんじゃあねェぞッ!」。
え、ペッシ居たっけ?なんて思う前にバタバタっと足音が響いたのでペッシがやって来たのだと知れた。
リゾット越しにその様子が見えて、リビングでペッシの顎に指を指しながら怒鳴るプロシュートの姿が目に入った。

「テメェがバカ正直に車を盗んでいる間に見つかったんだろうが」
「悪かったよ兄貴ィ」

詰め寄るプロシュートの間がどんどんと短くなっていく。あの迫力は怖いだろうな、低い声が更に凄味をまして、つい肩を竦めてしまったわ。いつものキレイな顔が台無しよ。

「プロシュート、もういいだろ」

リゾットが割って入って「テメェはすっこんでろッ」、一喝される。そして大きく舌打ちをしてからペッシのこめかみを殴りよろけた足下を払い、尻餅をついたペッシを足蹴にして出ていってしまった。

よくわからないけれど、酷いわ!
タオルを濡らしてペッシのこめかみに持っていくとスミマセンと呟いてタオルを受け取って、すぐにプロシュートの後を追っていった。

なんだろう、この気持ちの落差。
今日はいい日だったんじゃなかったっけ。
こんな殺伐としていたっけ。

有り合わせの材料で手早く料理を作り、シンクにもたれ掛かった。
「イチが気にすることじゃあねぇぞ」
ホルマジオが料理を口に運びながら「虫の居所が悪い日ってのは、誰にでもあるだろ」、言ってくれた。
「それは、でも‥」
「そんな悄気た顔すんな、しょうがねぇなぁ」

リゾットがちらりとこちらを見て、すぐに視線を戻したのがわかった。悄気た顔が見たかったのかしら。なんで何も言わないのかしら。

虫の居所が悪い、だけなのかな。
何かあっても教えてくれないから、そう思うのしかないのかもしれないけど。
「でも」
納得いかないのよ。
黒くて重苦しい、ハッキリしない何かが胸につっかえて、出したい言葉を塞いでいるよう。
「‥でも」
なんて言えばいいのだろう。

その時、何故かブチャラティさんの顔が過った。
あの真っ直ぐな視線。
悪いところを見透かされているような、あの深淵。

ハッと息を吸い上げて、顔も一緒に上げた。
ホルマジオとリゾットが見えた。

「でも、人にあたるのはよくないわ!」

二人が少しだけ目を開いたのがわかる。一拍置いたような間があって、それから「違いねぇ」、ニッとホルマジオが笑ってくれた。
誰かが小さく笑うだけでいい。それだけで気持ちがほんの少しだけ、するりと軽くなったんだ。




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