ジェラート → イチ

「ホルマジオからプレゼントよ!」
イチから渡されたのは相方の好むガムだった。ブロシュートと話をしていたので見てたわけじゃねぇけど、今しゃがんだよな?何かを拾ったような気がするんだけど。
「プレゼント?」
「うん。ホルマジオが渡してくれって」
どうも買った気がするんだけどなァ。
前方で肩を震わす坊主を見て、「ホル、グラッツェ!」、すぐに「おぉよ」との返事。
落としやがったな。

外階段を上がれば見慣れた玄関。2代目アジト。
ホルマジオが蹴り開けようとしたらイチが慌ててドアを押した。オマエの家だ、大事にした方がいい。その時にホルマジオのポケットに入っていた携帯が鳴った。
「なんだよ、タイミングわりぃな」
チッと舌打ちが聞こえる。生憎コイツの手は塞がっているからな。
「取ってやろうか」
「頼む」
なり続ける電話を引っ張り出して見るとディスプレイにはイルーゾォと表示されていた。
それを見せた途端「あぁー!」とホルマジオは大きな声をあげた。
「そうだった!イルと約束してた!」
荷物をダイニングテーブルに置いて、携帯片手にもう一度外へ。慌ただしいヤツめ。降ろされた荷物をイチはせっせと冷蔵庫へ運び、それをプロシュートは手伝っている。

「よぅ、ペッシ。どうだったよ!」
「今日はよく釣れたっすよ」

キッチンで魚を捌く様子を覗きこんでいたペッシの肩を叩いた。へへへと笑って指さした先に「今、リーダーが」、相変わらず無表情だか手元がサクサクと動いている。

「ワォ!」

つい感嘆の声をあげた!
小魚から大きめな魚までかなりの量がそこにいて、もう捌かれているのもいれば、順番待ちのもまだまだいる。鱗をとり、内蔵を取り出し、血を洗い流す。
そのままの姿で料理するのもあれば、身を切り分けソテーにしたりマリネにしたり。リゾットの隣では相方が小魚を揚げていた。良い音、匂いだ。腹が減ったのを自覚してしまった。 
それにしても普段料理をしないリゾットは、魚は捌きたがる。捌いた後はやらねぇのに。思った時には言葉が出ていた。

「なぁリゾット。オマエ捌くの好きなの?」
「あぁ、好きだな」
素直な返答が意外だった。
「どこがいいんだ?」
「どこがって、そうだな」
暫く黙ってから「‥楽しいからな」、そう言った。
は!?つい噴き出してしまった!「楽しい!?」
コイツから楽しいだって!?
「オマエにそんな感情があったのかよ!」
「失礼よ!」
リゾットの後ろからイチが声をあげた。でも自分だって笑っているじゃあねぇか。同罪だな。

しかし、本人にとったら周りのその反応は意外らしく、ずっと動かしていた手を止めて「楽しくないか?」、顔をあげた。

「やったことねぇからわかんねぇよ」
「ならば、やってみるか?」
「食う方だけで十分だ!」
「楽しいぞ?」
「どう楽しいんだよ?」
「さっきまで生きていたコイツが、食いものになるのが楽しい」

リゾットの後ろで聞いていたイチがフリーズしたのがわかった。リゾット、いま捕食者の顔したよな。その背中越しで戸棚に向かったまま動かないイチはどんな顔して聞いてんだろ。
だから「だってよ、イチ」、無理やり話を振ってみた。
そしたらゆっくり顔を上げて「へぇー‥」、曖昧に笑っている。案の定、ドン引きじゃねぇか。コイツ今日食えねぇんじゃねぇの。
そこにリゾットの奥にいた相方が、珍しく話に割り込んできた。

「殺して、そんで食うっていうのが良いってことか?」
「生々しいな」、コイツも追い討ちかけてんのか。
「魚だからってわけじゃなくて、鶏でも羊でも?」
「やったことはないが、機会があればやるだろうな」
迷いは無さそうだった。
ただ、その後ろから


「それは、楽しいから、やるの?」

少し青ざめた顔のイチの声がした。
楽しいから、やる。それは順番が違うだろ。リゾットが向かい合おうとしたその時、プロシュートがイチの背中を押してリビング側に追いやった。甘いよなァ。プロシュートはそのままリゾットの頭を叩いて「テメェは言葉が足りねぇんだ!」、ゴチッと良い音がした。あぁ、本当に甘い。

プロシュートの声を後ろに聞きながら、イチの姿を追ってリビングのソファに腰を掛ける。ふぅっと息を吐いたのがわかった。その横顔は何かを飲み下そうとしている顔だった。

「イチ、分かってるよなァ」
「何が」
「これは食い物の話だ」
「それは、わかってるよ」

こちらを向いた。わかってねぇって顔してる。

「‥わかってる」

イチが小さな声でもう一度言った。無理やり納得させるように。その声が、腹が減っていたのも相俟ってか、嗜虐心をそそる。つい、なんだ。何を考えるまでもなく、イチの顔を両手で掴んで無理やり自分の方を向かせて、目を見開いて近づいていって
「え!?ちょっ、は?ジェラート!?まって、まってまって!!」
イチが暴れたり肩を押し返したりしてくるけどかわいいもんだ。
「やっ、待っ、て、!」
目をぎゅっと瞑って、それでも腕をなんとか突っ張って。なんだか獲物みたいだよ。
唇が触れるか触れないかの所で止まって「バッカイチ」、小さく小さく呟いた。とたんに目を開いてこちらをみたから「オレの好みじゃねぇから安心しな」。

チュッっと無理にリップ音を立てて、掠めるだけにしておいた。ハハッ、呆然としているその顔最高にマヌケだな!あぁ、おもしれぇ。
すぐに手を放して、ヒヒヒと笑っていたら、何故かリゾットもプロシュートもペッシもフリーズしていた。相方のソルベだけ、小魚を揚げ続けている。さすがだ相棒。

「どうしたんだ、オマエラ」

いつの間にか外から戻ったホルマジオがその様子に怪訝な顔をしたから、「さあ?」と相槌をうっておく。
ソルベがフリッターの皿をドンとテーブルに置いたので、まだ動かないイチの頭を叩いた。

「おい、動けよ」
「‥え」
「皿とか用意しろよ。冷めちまう」
「あ、うん、」

ノロノロと動き出したイチにつられてプロシュートとリゾットと、ペッシもぎこちなく動き始めた。何をそんな意識してんだ。こんなイタズラに。

揚がった小魚を1つ摘まんで口に放りこむ。口の中が火傷しそうだが、さすが旨い。咀嚼している間に、まだ微妙な顔をしたイチが取り皿とナプキンを持ってきたから「グラッツェ!」、そのまま受け取り口を拭ってヒヒヒと笑っておいた。





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