▼思い出のワンショット
心地よかった春風もいつしか熱や湿気を含んだ夏風に、小鳥のさえずりも蝉の音に変わって。
一年の時よりも二年、二年の時よりも三年の方が時間の流れというのはあっという間に過ぎてしまう。
気がつけば、球技祭当日を迎えていた。
この行事が終わったら、三年生のわたしたちにとって卒業式を除いてもう大した学校行事はない。
それ故、三年生の意気込みは下級生とは比べ物にならないものだった。
三年生の種目は男子はバスケ。女子はバレー。
ただ理系は女子が少ないという理由でテニスなどのダブルス競技なのだが、みんなして初戦で経験者組と当たり、敗退。
そうして実にあっさりと、自分が選手として参加する球技祭は終わりを迎える。
でも、まだ男子はやっているのだからみんなで応援しようということになり、わたしたちはバスケやバレーの行われているアリーナに向かうことになった。
アリーナへと続く階段を上るに連れて増していく熱気。
聞こえてくる歓声もどんどん大きくなっていった。
アリーナには三年生だけでなく下級生も大勢見に来ているようで、上を見ればギャラリーはジャージ姿で埋め尽くされている。
今試合をしているコートには自分のクラスの人たちの姿は見えないから、試合中ではない模様。
自分のクラスの人たちの試合はいつかな、と、近くに貼り出されているトーナメント表を確認しに行こうとした時、背後から聞き慣れた声がして。
くるりと振り向けば、珍しく僅かに顔を上気させているユーリがいた。
「オレたちの試合はこのすぐあとだぞ」
「あ、ユーリ!お疲れさまです!じゃあ勝ったんですね!」
「まあな。フレンのクラスも勝ってるみたいだぜ?……ってかおまえら全員負けたんだな」
「う」
「まあいいや。それ、卒アルに使う写真のカメラだろ?女子全員揃ってるし、撮ってやるよ。全員負けました記念に」
「あんた一言余計よ」
そうニカッと笑うとユーリはわたしの隣の子が持つカメラに手を伸ばし、さっと奪い取る。
ユーリの発言や写真撮影自体に嫌悪感を示すリタを宥めつつ、わたしたちは邪魔にならないように片隅に集まった。
撮るぞー、となんとも素っ気ないユーリの合図に合わせてカメラに顔とピースサインを向けて。
カシャ、とシャッターを切る音が聞こえたあと、皆はユーリの方へと群がっていった。
タイマーが示す残り時間は二分弱。
そのまま応援に向かうのかと思っていたら、カメラを返してもらった子が、満面の笑みを見せながら口を開く。
「ユーリも撮ってあげるよ!」
「は?いや、オレ写真とか好きじゃないし」
「い、い、か、らっ!ほらっエステルもっ」
「へ!?」
ユーリに向かっていたはずの視線や言葉が突如わたしにも向けられ、戸惑っている間に気づけばユーリの隣へと追いやられていた。
さっきと同じ、アリーナの片隅。
だけど、今度はみんなとじゃなくて、ユーリと二人だけ。
カメラが、皆の視線が、全部わたしと彼に向けられていると思うとなんだか途端に恥ずかしくなって、顔に熱が上がっていく。
誤魔化すようにわざと半歩ぐらい間を開ければ、カメラを持つ子が不満そうな声を上げたが、それも聞かなかったことにしてカメラへとピースサインを向ける。
そうしていくよー、と渋々とした合図の声が聞こえてきたあと。
「きゃっ」
肩に手がかかったかと思うと、ぐいっと引き寄せられて思わず小さく声を上げてしまう。
その手が彼のもので、彼の方へと引き寄せられたと気づいたのはシャッター音が聞こえた後。
ちらりと横目で様子を窺えば、思ったよりずっと近くに彼の端整な顔があって、先程までとは比較にならないくらいに顔に熱が上がってきて。
彼はそのまま何事も無かったかのように歩き出し、カメラ係の子とのすれ違いざまに一言。
「…あとで焼き増しよろしくー」
そう言ってさっさとコートの方へと歩いていってしまう。
写真とか好きじゃないって言ったばっかりのくせに、そうやって。
いつも余裕たっぷりでわたしをからかうんだから。
みんなの生温いというか何か言いたげな視線を一身に受けながらも、わたしは先に歩いてしまった彼に文句の一つでも言おうと追いかけてTシャツの裾を掴めば、彼はぴたりと足を止めて、顔だけこちらへと向ける。
そうして見せるのは、ちょっぴり意地悪っけを含みつつもどこか憎めない笑み。
そんな笑顔されたら、怒るに怒れなくなって。
わたしはぷうっと頬を膨らませながらも彼の横を歩くことしかできなかった。
(むう…)
(…離れて写るのも変だろ。それとも…嫌だった?)
(……嫌じゃ、ないです)
***
[補足(結構特殊なので):卒アル用カメラ]
私の高校では卒アルのクラスページを生徒が自由にレイアウトできるので、行事の日、3年の各クラスに使い捨てカメラが配布されていました。
業者さんが撮ってくれる集合写真とか試合中の写真ももちろんいいとは思いますが、こういう生徒間で楽しく撮る写真はより自然体に映っていて良いなと思います。
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