お菓子でも悪戯でもない


 こんなもの、所詮子どもたちの喜ぶイベントだって思ってた。大人になってまではしゃぐなんて恥ずかしいもの。でも、たまにはそれに便乗してみるのも悪くはない。


「ユーリ!トリックオアトリート!」
「はいはい」


 我らが凛々の明星の首領といえども、オレの過ごしてきた下町の子どもらと何ら変わりの無い十二歳である。当然楽しいことがあれば、はしゃいで、はしゃいで。
 今もその曇りない笑顔でその言葉を口にし、手を出してオレの次のアクションを待っている。さすがに可愛い子どもの期待を踏みにじるようなことはしない。ガサゴソとポケットを漁ると、念のため用意しておいた――むしろ成人している男性であるオレが白昼堂々とお菓子を所持するための言い訳でもあったりする――飴玉を二、三個、きらきらと瞳を輝かせる少年のまだ成長途中の柔らかそうな手のひらに乗せてやった。


「ありがとう!」


 カロルは満足したようでさらににっこりと笑って。リタなんて、馬鹿っぽい、あんたにあげるお菓子なんてないわよ!はあ?イタズラ?やれるもんならやってみなさいよ!なんて言うのにさすがユーリだね、と褒められてるのかいまいちわからない言葉を口にし、部屋を出ていった。
 そう、今日はハロウィン。オレが子どもの頃にもあったけれど、この行事の由来は知らない。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、なんてただの脅しじゃないかと思ったりなんてことはあったりするけれど。ただ、お菓子やら色々と貰えるので嫌いなイベントではなかった。
 カロルが出て行ったあとの静けさが漂う部屋でオレは一人、さっきカロルにあげた飴の残りをひとつ取り出しぽいっと口の中へと放り入れる。
 どうせこれは子どもだからできる行事。オレがいくら唱えても、大人だからお菓子は貰えないのだ、なら一つくらい自分で食べても罰は当たらないだろう。

――あ、でもエステルなら…。

 俗世の風習には若干疎いお姫さま。書物か何かで知識としては存じていても、さすがにお城でこんな行事は行われてはいないだろう。きっともっと仰々しい内容が書かれているに違いない。
 オレたちには日常でも、彼女には全てが初めてのこと。その楽しさに目を輝かせる彼女なら、多少の羽目を外してお菓子を要求しても、許されそうな気がする。
 そう思い立ってすぐ、オレは彼女の元へと向かった。


「邪魔するぜ」
「ふふ、やっぱりユーリも来たんですね」


 ノックして彼女の部屋の扉を開けば柔らかな微笑みを見せる彼女。さっきカロルもやってきたんですよ、と。完全に読まれていて、ちょっぴり恥ずかしい。


「まあ、わかってんなら話は早い。トリックオアトリート」
「子どもみたいです、ユーリ。予想してましたけど」
「心はまだまだ少年、ってことで」


 彼女は笑いながらも彼女の傍にあったお菓子の缶から二、三個取り出して、オレの手に乗せる。


「サンキュ、これ美味そうだな」
「はい!先日お買いものした時に、美味しそうって思って!」


 そのうち一つの包み紙を開けば中からチョコが現れて。甘い香りが鼻を擽り、オレは口へと放り入れる。途端に広がる甘味に、思わず顔を綻ばせた。


「そういやおまえはやらないのか?」
「わたしです?そうですね…あげる方しか考えてなかったので」
「せっかくまだ子どもなのに。今しかできねえぞ?」
「むう、子ども扱いしないでください」


 そう言って頬をぷうっと膨らませる彼女。そんな仕草を見せるから子どもみたいだって言うのに。それでも可愛らしいから許せてしまうのか。


「はは、悪かったって。ま、せっかくだしやってみろよ」
「…そうです?じゃあ…トリックオアトリート!」
「はいはい」


 最初躊躇ってはいたものの、結局楽しそうに言う彼女。結局おまえも言いたかったんじゃないか、なんて言葉は大人しく飲み込んでオレはお菓子をポケットから取り出そうとした……のだが。
 飴玉が、ない。
 ひとつだけ、ひとつだけ、そのくり返しを続けていたらいつの間にかなくなってしまっていたようで。反対側のポケットにも手を突っ込んだが、掴める物はない。


「あれ…?ねえな」
「本当です_!?_じゃあイタズラですね!」
「……念のため聞いておくが、何するつもりだ?」
「え?ここは王道に、顔に落書きとかです」


 実に楽しそうに言う彼女。やばい、これは本気だ。さすがにこの年になって顔に落書きなどされたくないから探すが見つからず。ならばと彼女に貰ったお菓子を一つ返そうとしてみたが、それを彼女は良しとしてはくれなかった。仕方がないのでそのお菓子は自分の口の中へと。
 部屋の荷物にもおそらくないだろうし、さて、どうするか。この場合イタズラされるのは避けたい。絶対顔に落書き以外にも調子に乗った彼女がオレを絶望に突き落すような悪戯をするだろうから。
 お菓子、お菓子……あ。


「……あったぜ、甘いのが」
「そうですか…イタズラしたかったのに、残念です…」
「まあそう言うなって」


 本気で残念そうにする彼女に一瞬背筋が凍るが気にしない。
 どんなお菓子なんです?と首を傾げた彼女にオレはふっと笑みを浮かべ、形のよい唇に己のそれを重ねた。そしてゆっくりと離れながら彼女に目をやる。
赤ら顔で口をぱくぱくさせる彼女に、オレはまたにっこりと笑って見せた。


「トリート、だな」



お菓子でも悪戯でもない

 でも、とびっきり甘かっただろう?



***

 2011ハロウィン話。隣の家の友人がイベントかつ料理好きなので、ハロウィンはよくその家でハロウィン風のお菓子やらケーキやら食べてました。低クオリティーな仮装もやりました。黒い袋駆使して魔女とかかな多分(笑)

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