愛しい君に狂わされる


「なあ、エステルは」
「ユ、ユーリ!」


 ほんの数秒前、彼女のか細い腕を固く握り引き寄せた。状況がよくわかっていない彼女は、え、と戸惑いの声を漏らしたが、聞かなかったふりをした。そのまま部屋に入り、勢いよく音を立てて扉を閉める。そして今に至るのであった。


「いっ……」
「本当にオレのこと、好きなの?」


 オレ的には極力優しい声をだしたはずだ。笑顔もサービスでつけて。まあ、彼女の瞳にどう映っているかは知らないが。


「……好きです」
「嘘だな」


 彼女の腕を握りしめた手のひらの力をさらに強めると、彼女の口からは苦痛に塗れた声が漏れてきた。一瞬、力を抜いて少しだけ手をずらしてみる。もちろん、離してなんかやらないけれど。彼女の青白く細い腕には不釣り合いなくらいに、オレの握りしめた痕が紅く痛々しく鮮明に残っていた。
 痛みに顔を歪めた彼女を見て、心の中では可哀想だ、なんて不憫なんだ、とは思う。しかし、オレの手の力は緩まることを知らない。否、知ろうとはしない。


「嘘なんかじゃ……」
「嘘だよ」


 間髪いれずにそう返せば、なんでそう思うんです?とでも言いたげな視線を向けてくる。そういう悲しげな顔にはよりいっそうそそられるのだけど、オレは止まれそうにない。


「じゃあエステルはオレのこと好きなのに、フレンとばっかり話すんだ?」
「そ、それは……」
「言い訳なんて聞きたくねえ」


 更に力を入れると、苦痛の声にあわせて大きな翡翠の瞳から涙が一筋溢れて。やがて、ひっきりなしに溢れてくる。ごめんなさい、そうか細く震えた声で謝る彼女。
 泣かせたい訳じゃない。オレが惹かれたのは泣き顔じゃなくて、皆に愛されてやまない、光のような笑顔、のはずなのに。


「なんでオレだけを見てねえんだよ」
「オレの前だけで笑ってろよ」
「他の奴に笑いかけんな、話しかけんなよ!」


 溢れてくるのは、とてつもなく狂っていて、自己中心的な言葉ばかりだった。そんなオレを見つめる彼女の瞳には恐怖の色がはっきりと浮かんでいて。それがまた、オレを苦しめる。

――だれか、この歪んだ愛情を正してくれ。

 そう思いつつも、オレの手は止まることはなかった。空いていた手で彼女の白い顎に手をかけると、言葉を発しようとした唇を己の唇で塞ぐ。歯列を舌でなぞり、彼女の舌に絡み付けば、感じる温度はひどく熱い。


「……っ……ふ、ぅっ……」


 激しい口付けの合間に漏れる、熱く甘い苦しげな吐息にあてられ、オレはさらに彼女を求めるかのように角度を変えて食らい付く。彼女の口端から溢れるひとすじの銀糸は、どちらのものかわからないが、そんなもん、どうでもいい。ただ、口付けの合間に潤んで揺らぐ翡翠がオレだけをぼうっと見つめていて。この時間には彼女の視線や脳内にはオレだけしかいないだろう。彼女の思考がオレだけで埋め尽くされている。そう感じるこの瞬間が、たまらない。
 そんな端からみたらしょうもない満足感を得たオレは、ようやく彼女を解放した。壁に体を預けながらずり落ちていく、力の入っていない華奢なその体を強く抱きしめて、オレはそっと耳許で囁く。


「オレ、おまえのこと、誰よりも愛してるよ」
「おまえさえ居てくれればいい」


 囁きながらも、オレは彼女の顔を覗き込むことはしない。彼女の顔をみてしまえば、もっともっと求めてしまうから。
 こんなオレを見て、誰かは笑うだろうか。頭がおかしいと罵るのだろうか。それでも、オレはただ彼女を愛してるだけだ。愛してるからこそ、独占したいと思うのは当然のことだろう?


「愛してるぜ、エステル」


 こうして今日もまた、彼女への愛を募らせていくのであった。


愛しい君に狂わされる


 狂いそうなくらい愛しくて。おまえが他の人と話す度にこの世界が二人だけだったら、なんて本気で思ってしまうほどに。

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