極上に溺れて

※ユーリさんは吸血鬼です。エステルの血が特別らしいよ!
※吸血鬼については詳しくないので想像です
※血液やちょっとアレな描写に注意。でも少しだけ悲しめ。


――なあ、今ここで死ぬのとオレと生きるの、どっちがいい?

 人が聞いたらなんて身勝手で残酷な取引だと言うのだろう。そんな取引を持ち掛けられた張本人も文句はあったかもしれないが、それでも、オレとひとつの契約を交わした。
 夜の闇に包まれた室内、頼りになるのは隙間から差し込む、外で激しく音を立てている雷光のみ。そんな中、下手に力を入れたら折れてしまいそうな白い華奢な手首を両方まとめて掴んで捩じり上げると、そのまま背後の壁へと押し付ける。苦痛の声を漏らしたその唇を、己の唇で思いっきり塞いでやった。
 深い深い接吻の合間に漏れる、熱く荒い息遣い。静かな部屋には、それと淫らな水音だけが響いていた。最中に薄く目を開ければ、丁度雷が落ち、明るくなったおかげで彼女の顔が見える。

――あーあ、そんな顔しちゃって。

 ついさっきまでは腕に走る痛みに顔を歪めていたのに、それも忘れてしまっているような、熱が籠るうつろな瞳。青白かった頬なんて、今では熟れた林檎のように紅く染まって。苦痛よりも快感が勝った、そんな反応を素直に見せる彼女を眺め、オレはニタりと口角を上げた。そのまま角度を変えて、何度も何度も口づけていけば、ますますその唇からは熱の籠った息が漏れて。離れた唇との間には、僅かな光でも確かにきらりと輝く、銀の糸が紡がれていた。
 そろそろいいかと、捩じ上げていた手首を解放すれば、彼女は壁に身を預けながらずるずると力なく落ちていく。そんな彼女の腰をするりと撫で上げれば、瞬間、びくりと彼女は体を震わせて。その愛らしい反応にも、またひとつ小さな笑みが零れてしまう。


「……良い反応だな」


 また一たび、もう一たび、その滑らかな肌に触れただけで、彼女は身体を震わす。それは、オレが望んでいる反応だ。……どうして望んでいるかって?


「あんたは知らないだろうけど…。そうやって感じてくれればくれるほど、あんたの血は甘く美味しくなるんだぜ」


 彼女と交わす、濃厚な口づけも決して悪いものではない。でも、オレにとっては、それはあくまでも前座に過ぎないのだ。それよりも極上なものを知っているのに、どうして口にせずにいられるか。そしてそれをさらにより良い味わいにするための方法を知っているのに、どうして行わずにいられるか。
 そっと小さく耳元にささやいた後、オレは彼女の繊細な薄桃に指を絡める。そうして目前に曝け出された白い首筋に、唇を寄せた。

――早く、その甘美な血で、オレの喉を潤して。

 そして、つぷ、と音を立ててオレの歯が彼女の身体に沈むと同時に、彼女の熱い声が漏れる。
自身に食い込む刃への痛みに対してか、それとも…オレが触れたことに対してか。……後者だったら、どれだけ変わった性癖の持ち主なんだ、こいつは。
 そんなことを考えている合間にも、歯をつきたてた場所からは望んでいた滴がじわりと溢れて。その滴がオレの舌に辿り着いた瞬間、今度はオレの全身に快感が押し寄せる。

――そうそうこの味…。やっぱ、たまんねえ。

 舌に広がる甘い味わいに恍惚としたのも束の間、更にその甘味を求めて、オレは小さく頭を動かした。そうしてなお強まる傷口の痛みに、彼女は当然のごとく苦しみを帯びた声を漏らす。それでも構わんとばかりにオレはその甘味を夢中になって啜っていた。
 それから少しした後、すっかり甘味の虜になっていたオレの耳にようやく彼女がオレの名前を呼ぶ声が届く。頭部に小さく痛みが走ったのは、彼女がオレの髪を引っ張ったからだ。
 なんだよ、今いいところだったのに。そう思いながら気だるげに首筋から顔を上げ、彼女の顔を目にしてから、オレははっと気づく。


「……やっべ、飲み過ぎたか」


 紅かった顔もすっかり血の気は失せて、青白い。オレの髪も、ようやくつかんだというところか。
 極上の血を持つとはいえ彼女はただの人間だ、それなりの量は残しておかねば、死んでしまう。だからいつもある程度の量を決まった時間に飲ませてもらっていたのに、今日は早く飲みたくなってしまったうえにこの暴挙だ。


「……悪いな、うまく抑えられなくってよ」


 そう素直に謝罪の言葉を口にして、白い頬を撫でれば、彼女は辛そうにしながらもにこりと微笑む。直後、まあるい翡翠が見えなくなったかと思えば、小さく息を立て、そのまま眠りへと落ちていった。
 そんな彼女を抱きかかえ、すぐそばにある寝台へと彼女の身体を横たわらせた後、幾らか汗ばんだ額をそっと撫でる。……その首筋に付いた、自分の刃が付けた傷口には目を背けて。
 オレのような吸血鬼は、血を飲むことで快楽を感じる種族。今までなら怯える女の大して美味くもない血を貪りつくしているだけでもとりあえず満足できていた。だが、たまたま標的となった彼女の血を口にしたとき、今までになかった味わいにオレはあっという間に魅了されて。そうして夢中になって吸っていた最中に、僅かに残っていた理性が気づかせる。これほどの極上の血を持つ人間に、次も出会えるという保証はあるのだろうか。そして、その味を知ってしまった今、他の血で満足できるだろうか。……いや、できるわけがない。
 そう頭の中で結論を弾きだし、彼女と交わしたのは、一つの契約。生かす代わりにオレに生涯その血を差し出せ、と。
 始めはただその身体に流れる血にしか興味がなかったはずなのに、傍から見たら非道な仕打ちを受けているにも関わらず、その主にも優しくしてくれる彼女。その優しさに触れているうちに、気づけばすっかり彼女自身にまで依存して。首筋に喰らいついて血を吸っていただけの唇がいつしか柔らかな彼女の唇に、彼女の手首を押さえていただけの手が彼女の温もりを感じるために全身へと、触れていた。
 そうして求めて求めて、どんどん彼女に溺れていく。それが行き過ぎると彼女を失ってしまうとわかっているのに、悲しき性か、止められない。

――愛さなければ、こんな苦しまずに済んだのに。

 そう、こんな感情が芽生えなければ、血を吸い過ぎたところで罪悪感に包まれることも無かった。失うことの恐怖におびえる必要も、無かったんだ。今のオレは彼女無くては生きていけなくなってしまっているというのに、この手で無くしてしまう、そんな恐怖に。
 しかし、こうしている間にも血の甘い香りが鼻を擽り、自分の中でどくりと何かが疼いて。
オレは必死にその誘惑を断ち切り、立ち上がって扉へと近づいていく。……誘惑に抗えなくなって、彼女を殺してしまう前に。
 そうして部屋を出る直前、雷が落ちて再び室内が明るくなったとき。目に入ったのは、苦しみがいくらか和らいだのか、安らかに眠る彼女の姿。それを見たとき、オレは再びごくりと喉を鳴らしてしまったのを誤魔化すように、急いで扉を閉めた。



極上に溺れて

***

 ハロウィンは直接関係ないけど書いてみたかった吸血鬼ユーリさん。吸血鬼については血を吸う以外詳細を知らないので想像です。吸血鬼に愛された女性は不老不死って聞いたことあるけどどうなんだろ。
 異種族や身分といった、いくら努力しようとも無くせない差が生じる愛は、甘くなっても切なさも多いと思うのです。同等の立場にいられたら、こんな苦しみもなかったのかもしれないのに、と。
 そして今回のパターンは求めてやまないのに行き過ぎると愛する者が死んでしまう。そういう場合ってものすごい葛藤があるんじゃないのかな…。
 とにかく、こういう関係っていうのは考えてて切ないけど楽しい。



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