無自覚バレンタイン


「ユーリ、手伝ってくれます?」


 昼食を食べて少し経った頃、桃色の少女がオレの部屋にひょっこり顔を出した。
 連日戦い詰めで疲労の色が見え始めてきたこともあり、一旦身体を休めようとカロルが言ったのは朝食のとき。その提案に異を唱える者は誰一人いなかった。あの戦闘狂のジュディも黙って頷くぐらいだ、よほど疲労困憊なんだろう。みんなが思い思いに自由に行動していて、オレも午前中は剣の手入れをしていたが、そんなものはあっという間に終わってしまう。意味もなく街中をぶらついてみたり、服の解れを直してみたりもしたが、もう限界だ。そうして寝ようとしたときに、彼女の声が聞こえてきたのであった。


「ん?別にいいけど、なんなんだ?」
「ありがとうございます!はい!」


 そうしてまぶしい笑顔で渡されたのは、黒いエプロン。いまいち状況が読めていないが、まあ特にやることもないから素直に受け取ると、心なしか足取りの軽い彼女についていった。
 たどり着いたのは宿のキッチン。まあ、これはエプロンを渡されてるから予想の範囲内だ。そこには甘い香りが漂っていた。


「で?オレは何すりゃいいんだ?」
「あ、これを一口大に切って下さい!」


 そう言って笑顔で渡されたのは苺やバナナなどの果物。言われた通りにそれを切っている間、彼女は机を綺麗にしたり、食器を用意したりしていた。

――あれ?オレいらなくね?

 心のどこかでそう思いながらも黙々と切り続けた。


「できたぞー」


 量も多くないから時間はあまりかからなかった。さっきからオレに背を向けて、鍋をかき回している彼女に作業が終わったことを知らせる。そうすればまた笑顔で、


「ありがとうございます、そこに座って待っててください!」


 とまた背を向けた。まあ、実はもう座っちゃってるんだけど。と思いつつ、彼女の言葉に従うことにした。


「お待たせしました」


 数分後、彼女が小さな鍋を手にテーブルへとやってきた。その鍋はテーブルの上にあった謎の四角く平らなものの上にそっと置かれると、蓋がされているにも関わらず、甘ったるいにおいがこれまでよりも強く鼻を擽ってくる。さっきから部屋中を漂っているのは、この匂いだったのか。まあ、嫌いじゃないからいいけれど。
 その鍋の蓋を開けると茶色い海だった。本当に溶けたチョコのみ。


「チョコレートフォンデュ、だそうですよ」


 オレの隣の椅子に腰を下ろした彼女は、近くにあった雑誌を見せてきた。そういえばこんな雑誌がロビーにあった気がする。


「美味しそうだなって思って。簡単ですし!」


 そうしたら声に出してしまって、宿の方が午後ならキッチンを使っていいよと言ってくれたんです、と恥ずかしそうに笑った。
 へえ、と軽くページに目を通すと、端に書かれた内容が目に留まった。おそらく彼女は、レシピばっかりに目がいっててこの記事を読んでいないのだろう。その証拠に今もまだ「この四角い魔導器は保温してくれるみたいですよ」なんて楽しそうに話をしている。
 オレは笑いを堪えながら長いフォークを持ち、苺に突き刺すとチョコを絡ませる。


「エステル、口開けろ」
「?」


 彼女はオレに言われるままに口を開く。


「プレゼント」


 そう言ってその小さな口に先ほどの苺を放り込んでやった。彼女はよくわからないような表情をしながらも、美味しいです、ってもぐもぐと食べている。


「ユーリも冷めないうちにどうぞ!」
「はいはい。……なあ、今日が何の日か知ってるか?」
「なにかあるんです?」


 やっぱりな。


「バレンタインデー…『愛する人に贈り物をする日』だってよ」


 それだけさっと伝え、いただきます、とオレも口にする。果物のわずかな酸味と甘くて生温かいチョコの組み合わせが絶妙だ。
 ちらりと彼女を横目で見ると顔を真っ赤にして俯いて。そんな彼女はオレが笑っていることに気づけるはずなかった。



無自覚バレンタインデー


***

 2011バレンタイン小説。
 愛してるとは直接言わないユーリさん。
 あーんした意味に気づき照れるエステルさん。



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