あなたの色に包まれて


 わたしの名前を叫ぶ、彼の苦しそうな声がどんどん遠ざかり、もう耳に届かない。必死で目を凝らすものの、さっきまで目の前にあった彼の姿も、仲間がいる船も、もうどこにも見当たらなかった。今ではもう、隣でくくく、と笑うアレクセイの姿しか見えない。


「さて、参りましょうか、姫」


 口調はいたって紳士。だが、わたしの周りを包む球体とその周りに浮かぶ聖核、そして手に携えた聖核を掲げる姿は、紳士など到底呼べるものではない。
 悔しさに全身がぶるぶると震えるのを感じはしても、今のわたしには為す術もなく、アレクセイが操作する球体の動きに、ただ身を任せるしかなかった。

――ああ。

 目を閉じると浮かぶのは皆の姿。
 なかなか棘のある言葉を放つけれど、本当は優しさを心の内に秘めているリタ。
 いつもわんぱくで少しおっちょこちょいだけれど、ぱあっと輝く笑顔を見せてくれるカロル。
 わたしにはいつもそっけないけれど、実はとても仲間想いで頼もしいラピード。
 いつも冷静で先を見据え、みんなに気配りのできるお姉さんみたいなジュディス。
 だらしなく見えるけれども、いざというときに本領を発揮するレイヴン。
 そんな仲間たちを影から支えてくれたユーリ。
 みんなみんな、大好きな仲間たち。
 
――だけど、わたしが傷つけた。

 皆と一緒にいたい。また皆と笑いたい。だけど、一緒にいたら皆を傷つけてしまう。だから、殺してと懇願したのだけれど、本当は死にたくなんてない。まだ皆と一緒に生きていたい。だけど、わたしが生きているだけで、わたしの力が皆を苦しめてしまう。どうしても耐えられなくて、そのことを考えないようにしても、気づけば皆の苦しむ表情や叫びが頭の中を支配して、一気に息がし辛くなる。

(………もう……いや……)

 生温い涙がぽろぽろと頬を伝い、床を濡らした。胸も頭も、いろいろな場所がとにかく痛い。さっきまで脳裏に浮かんでいた皆の表情もどんどん歪んで。みんなが笑っているのか、苦しんでいるのか、そんなこともわからないくらい薄れて、ついに消えた。

 今の私には もう、真っ暗で何も見えやしない。 歪んだ表情を見なくて済むけれど、そのかわり笑顔も見ることはない。ただ黒い世界が広がるのみ。目を開いてもどうせ見たくない現実へと引き戻されて、また苦しむだけ。

――そうなるくらいなら、ずっとこの黒に沈んでいよう。

 そういう結論に辿り着いたわたしは、目の前の現実からそっと目を逸らすのであった。


――黒といえばユーリの髪の色。

 黒に身をゆだねて、どれくらい時間が経ったのだろうか。彼らのことを考えるのはやめたはずなのに、黒い世界の中で、ふと気づく。
 この黒もなかなか耐え難いものであるが、わたしを包む黒は、彼と同じ黒。そう思えば、この一面の黒も幾段か良いような気がしてくる。単純だと笑われてしまうかもしれないが、今のわたしには、その程度で十分満足であった。
 この黒のにいれば、苦しむみんなを見なくて済むし、わたしも苦しくないから。そして、彼の黒に包まれていることで、皆と一緒にいるような気分になれるから。
 やがて、そう遠くない未来にわたしの自我は失われ、アレクセイの操り人形へと化すかもしれない。せめてその瞬間まで、わたしをユーリの黒に包んでください。



あなたの色に包まれて



そうしてわたしは黒に沈んでいく。もう、苦しくない。



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