家を出て急ぎ足で駅へと向かう、バイト先は電車で10分ほどにある和菓子屋さんでおばあちゃんとその旦那さんであるおじいちゃん店主さんと、私より少し年上くらいのお姉さんで回しているんだけど近くにテレビとかでよく紹介される商店街があって観光客はもちろん近所の方まで来る昔ながらのあったい雰囲気のお店なんだよね。
そんなわけで連休一日目である今日は午前中からわりと忙しくて……一息つく頃にはあっという間にお昼過ぎで、私は一足先に上がって次のバイトへ向かうべく帰り支度を始める。


「忍足くん大丈夫かな……」


よくよく考えれば家に置いてきたのは駄目だったかな……
でも外に放り出すわけにもいかないし、そもそも玄関には私の靴しかなかったし。そう考えると本当に彼は突然家にきたんだなぁと実感してしまう
そんなことを考えていたらあっという間に次のバイト先に着いていて、私は気を取り直して気合を入れる。今は考えててもしょうがないし、もしかしたら帰るころには居なくなってるかもしれないしね。
和菓子屋さんからさらに電車に乗って15分ほど先にあるカフェは最近入ったばかりだけど同じ年くらいの若い子が多くてシフトも融通が利きやすい。人の出入りはそこそこかな。オリジナルの珈琲なんかも販売していてまだまだ覚えることが多い私は先輩にわからないことを聞いてはメモをとって仕事をこなしていく。その間は余計なことを考えてる暇もなくて……


「あれ名前?」
「え……あ、い、いらっしゃいませ」


新しく来店してきたお客さんに声をかけるよりも先に、向こうから声がかかり相手の顔を見て少し力が入ってしまったのは仕方ない。
私はその人を席まで案内しながらなるべく平静を装う。


「ここでバイトしてんだ?」
「う……はい。先輩は誰かと待ち合わせですか」
「うん、彼女とね」
「……そうなんですね。あ、ご注文が決まりましたらお呼びくださいね」


不自然ではなかっただろうか……私は硬く感じる頬を引き上げその場を後にした。
彼は高校の先輩で今は大学の先輩でもある。もっと言うと数か月前まで恋人であった人だ。

私は人目につかないよう裏に行きながら重い溜息を一つつく。
ここは先輩の家と大学からは反対方向で会うことはないと思っていたけどそんなことなかったみたいだ…かといって元カレと顔を合わせたくないです。なんて理由で辞めるわけにもいかない、重くなる気持ちを抑えて戻った私はなるべく先輩の方を見ないようにと仕事を続けるけど同じ店内にいれば仕切りがあるわけでもないこのお店じゃ嫌でも目に入ってしまう。
待ち合わせた彼女さんがきたらしく二人で笑いながら話をして、時折先輩が彼女さんの頭をぽんと小突いている。
別に未練があるわけではない、あの場所に戻りたいとは思わないし先輩とは積極的に関わらなくなったと言うだけで今でも話をしたりメールをしたりしているし。
ただ、彼と付き合ったことでいろいろ思うところがあって勝手に私が気まずさを感じているだけ

どうも私は人よりも執着心が強いらしい。
普段はそんなことなくて、むしろ周りからはあっさりしていると思われてるし、私自身そうだと思っていた。
それは育った環境だったり元からの私の性格なんだと。でも違った、私は普段めったなこと事にこだわらない分恋人に執着したのだ。
別にそれが悪いことだとは思わないけど度を過ぎれば相手の負担にしかならないし、自分自身もダメになる。
彼と付き合っている間の私は今思えば恐ろしいほど不安定だった。
もっと自立しないと、人との距離の取り方を覚えないと。そう思って一人暮らしを決めたのだ。

長く感じるバイトが終わり、お疲れ様ですと声をかけてお店を後にした私は駅までの道をとぼとぼ歩いていた。
今日は疲れた……それは慣れない仕事のせいだけではないこともわかっていて、少しばかり沈んだ気持ちが浮上することはない。ふと通りかかった古着屋で目についた閉店セールの文字に、あ……と足を止めた。

忍足くん……まだ家にいるのかな

店頭に並んでいるメンズものの靴に昼間のことを思い出し、ついついじーっと眺めてしまう。
靴……ないと困るよね?それに服も。その身一つで家に来てしまったであろう彼は未だに寝巻のままなのではなかろうか。そう考えたら気づくと店内に入って適当に服をカゴヘ入れていた。うん、何やってるんだろうなぁ私は。突然現れたまだ名前しか知らない男の子の服を買ってるなんて、自分でもお人好しすぎるというか……滑稽だなぁと思う。
もしかしたらもう家にはいないかもしれないし、むしろそのほうがいいんだろうけど。


「居たら困るだろうし……」


誰にするでもない言い訳を呟きながら買い終えた袋をぶら下げて家へ帰ると鍵は閉まっていて、とりあえずほっとした。
出迎えてくれた忍足くんは今朝と同じ寝巻のままで私を出迎えてくれた


「おかえり」
「た、ただいま」


そう言えば一人暮らしを初めて4ヶ月ちょい。
実家にいた時も親が共働きで朝からすれ違うことが多かった私にとって玄関先での挨拶そのものが、とても懐かしく感じた。

今日は朝から色々あって、何一つ解決なんてしていないけど
そんなに悪い事にはならないんじゃないかな、なんて少し楽天的すぎるだろうか




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -