私の部屋は決して広いわけではない。
備え付けのキッチンとリビングを少し遮るように大きめの棚があり、テレビと机の上にパソコン、クッションが3つほど。大学生の一人暮らしなんてそんなもんでも十分で私的には広すぎず狭すぎずでちょうど良かったのだけど、忍足くんが座っているとなんだか急に部屋が小さく思えるから不思議だ。

まぁ人が、しかも中学生にしてはなかなかの高身長な男の子が増えれば当たり前なんだけど


「はい珈琲」
「どーも」


私は彼の向かい側に腰を下ろし、早速入れたばかりの珈琲をすする。
なんだか客観的に改めて見てこの異様な状況に不思議でしかない。知らない中学生(仮)の男の子と珈琲をすする女子大生……
しかもお互い寝巻きである。
これはなんかやばいぞ……忍足くんの見た目が完全に成人した男性にしか見えないのも要因の一つだろう


「ふぅ…….美味しいわぁ」
「あ、アリガトウゴザイマス」
「何でカタコトなん?」


うぅ……なんか意識し始めると落ち着かない。いやいや相手は中学生(仮)だ! 落ち着け私!


「えーと、それで話を戻すんだけど。忍足くんは昨日、自分のお家の、自分のお部屋で寝た記憶があって……でも起きたら私の家に居た…….てことだよね」
「せやな。しかも苗字さんとは接点もなさそうやし、家が近いわけでもないと思うねん。うちの近所って一軒家が多いし」
「うーん整理すればするほど謎すぎる……」
「あー、とりあえず電話借りてもええかな?家に連絡してみるわ」
「あ、そうだよね。親御さんもいきなり息子が消えてたら心配してるだろうし、学校だってあるしね」
「いやそれはないと思うんやけど……うちわりと放任主義やし、今日からゴールデンウイークで学校もないからまだ気づいてすらおらんかも」


忍足くんにスマホを渡すと、彼は慣れた手つきでダイヤルをタップする

……………………彼がスマホを耳に当ててからだいぶ経つ。おもむろにスマホを私の方へ向け画面のスピーカーボタンをタップすると
トゥルルルルルルルルル
トゥルルルルルルルルル
トゥルルルルルルルルル
コール音がただなり続ける


「御家族お留守なのかな?」
「いや、こんな朝早くに家空けたりしないはずや。オトンはともかくオカンか姉貴がおるはずやし」
「あ、御家族の携帯は?」
「せやな」


私の言葉にもう一度スマホを操作し耳に当てる忍足くん。しかし、しばらくすると通話ボタンをきり


「あかん……繋がらへん」


その顔には明らかに焦りが見える。


「あ、悪いんやけどもう1箇所連絡取ってみてもええ?」
「うん、もちろん」


珈琲を飲みながら忍足くんの様子を伺うが、3件目の電話もどうやら繋がらなかったらしい。はぁ、と短く息を吐いたあと私の方へスマホを返してきた


「電話おーきに」
「どういたしまして……でも繋がらなかったんだよね」
「ああ、ほんま意味わからんわ……せやけど」
「せやけど?」
「突然知らないとこおって、しかも電話も繋がらんとかドラマみたいやな」
「へ?」
「これはあれやな、俺と苗字さんが情熱的な愛に目覚めるっちゅうフラグ」
「いやないでしょ」
「自分けっこうハッキリ言うんやな」


残念やわぁ、なんて笑ってる忍足くんに肩の力が抜けてしまった。
案外余裕なんじゃないのかこの子…それでも先程までの流れに嘘があったようには思えないし、彼が突然現れたことも現実だ。
(仮)とはいえ相手は中学生だし、ここは私がしっかりしないと


「俺は苗字さんとやったらええと思うんやけどなぁ……可愛ええし」
「へ……っ?!」


う、うう年下……なんだよね?本当に。机に突っ伏しながらもこちらを見上げる瞳はまっすぐこちらを見ていて、自身の顔と声が繰り出す攻撃力を自覚しているその仕草に不覚にもドキッとしてしまう。慌てて目線をそらすが、少し熱を持った頬に忍足くんがどうか気づきませんように……


「ああ!!」
「うおっ?なんや、どないしたん」


そらした目線の先……壁にかけてある時計を見て大きな声をあげてしまった私に忍足くんもつられるように己の後ろを見る。


「わーもうこんな時間っ!!私、今日はこれからバイトなの!」
「あーそりゃ大変やな」
「うう!とりあえず着替えて……っお化粧もまだだしっ」


つい先程までは知らない男の人がいる手前着替えなんて……と思っていたがそうも言ってられない。慌ただしく寝室に戻った私は適当に服を選び着替える


「なぁテレビ付けてもかまへんか?」
「え?あ、うんいいよ」
「ほな」


忙しなく動く私とは打って変わって、忍足くんは珈琲を飲みながらのんびりテレビを見始める。まぁ変に観察されるよりはいいけどさ

洗面所で顔を洗い歯を磨き、また寝室に戻り軽くお化粧をして髪を整える。
時間を確認すると、何とかバイトには間に合いそうだ

一息ついてリビングに戻ると、忍足くんは珈琲を飲み終えていて空になったコーヒーカップを私の分までお行儀よくシンクへと運んでくれていた。


「あ、コーヒーカップありがとう」
「ええよ、こっちこそご馳走様でした。時間は大丈夫そうなん?」
「あはは、何とか……で、とりあえず君には家にいてもらいたんだけど」
「え?」


私は時間が迫ってることもあり、まくし立てるように注意事項だけ話す


「流石に鍵を渡すことは出来ないから、今日はうちにいてもらって、寝室以外なら家のものは冷蔵庫の中身とかテレビやパソコンも好きに使って構わないから!」
「……」
「帰りは8時頃になるかな?わかったらお返事は?」
「あ、ハイ」
「よし、じゃぁ行ってくるから!」


忍足くんの返事が返って来たことに満足して玄関へと向かった。
靴を履いて玄関の扉を開く


「いってらっしゃい」
「……!うん、いってきまーす!」


さっき知り合った人に見送られるなんて変な感じだな。




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