昨日の眠り姫


同窓会に出席する彼女を会場のホテルまで送ったのが、夕方のことだ。解散の時間が不明なので、帰りは電車を使うと言った。
それから自宅に戻って三時間が経過したが、手持ち無沙汰だった。彼女が録り溜めた映画を観るか、それとも無難に読書をするか。気分転換も兼ねた風呂を済ませてリビングに戻ると、ソファの側に彼女が持っていったはずのバッグが置かれていた。

「唯子?」
「あ、ただいま」

背もたれ側から覗くと、転がって伸びをしている最中の彼女と目が合った。頬がりんごのように赤くなっている。

「ずいぶん早いな」
「義孝が心配すると思って、早く帰ったよ」

全く心配しなかったといえば嘘になる。余計な気を使わせないよう振舞っていたが、彼女から見た俺は相当独占欲が強いらしい。


「楽しくて飲みすぎちゃった。眠い」
「そんなところで寝たら風邪をひくぞ」
「うー…」

一度楽な姿勢になってしまうと起き上がるのが億劫なようで、全く動く気配がなかった。

「ベッドで休んだほうがいい」
「エッチは明日にして…」
「そういう意味じゃない」

酩酊こそしていないものの、酔った人間と会話をするのは骨が折れる。酒で熱くなった体には冷えた部屋が心地良いだろうと判断し、このまま放っておくことにした。

「ねえ、キスして」
「酒臭いやつとはごめんだ」
「けち…もう寝る」

背中に回した腕を動かして下着の留め具を外すと、再びソファに体を沈めた。そして数分も経たないうちに眠りについた。

「よくこんな格好で寝られるな」

ラグに腰を下ろして、ソファに向かい合う形で寝顔を観察する。いつの間にかブラウスのボタンは胸元まで外され、下着の上部に施された薄いピンク色のレースが見え隠れした。下着の締め付けがなくなったとはいえ、スカートもストッキングも身につけたままで、リラックスして眠れるとは思えなかった。

ボタンを外すと、レースと同じ色の下着が露わになった。膨らみを下着ごと包んで軽く力を加えると、手の中で容易に形を変えた。

「唯子」

何度か呼びかけたが、反応はなかった。
止め具が外れた下着を上部へずらすと、支えを失った膨らみが、ぷるんと揺れた。今更胸を見たくらいで、何を動揺する必要がある。しかし思い返してみれば、照明の下でじっくりと眺めたのは今日が初めてだ。

化粧を落とした後の少し乾燥した唇に口付けると、微かにアルコールの匂いがした。寝ているのでこちらの動きに応えることはないが、触れているだけで気分が昂ぶった。気がつけば、熱を持った自身を取り出していた。

放り出された胸をそっと持ち上げると、指先がどこまでも沈みそうなほど柔らかかった。中心の薄く色づいた部分を指で押し込んで、小さく立ち上がった突起を口の中で転がした。それを続けたまま、硬くなった自身を右手で扱いた。

「は…っ」

体温を感じながら目を閉じると、淫らな行為に及んでいる錯覚に陥った。想像の中で無防備な体を押さえつけて、無理矢理に犯す。痛みとも快楽ともつかない悲鳴を上げながら必死に受け入れる姿を思い描いて、射精感がこみ上げた。


「んん……」

彼女が苦しそうな声とともに身をよじって、慌てて唇を離した。無意識のうちに強く吸っていた。意識があれば痛いと抗議されたに違いない。
いつ目を覚ますかわからない状況で興奮が収まらないとは、どうかしている。以前、彼女の勘違いで強姦魔の扱いを受けたことがあった。今回は本人の同意もなく痴漢行為を行っているので、弁解の余地がない。これを知れば、彼女は軽蔑するだろうか。それとも自慰の材料にされたことを喜ぶだろうか。

「よしたか…」

突然名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。自身を扱く手を止めて硬直していると、再びすうすうと寝息を立て始めた。安らかな寝顔を見て罪悪感を覚えたが、それもすぐに消えた。

柔らかい舌や指とは全く異なる快感に、吐息が漏れる。先端に溜まった粘液を塗って強く擦り上げて、手の中に精を吐き出した。





家を出る準備をしていると、細い両腕が腹部に回された。まだ完全に目が覚めていないようで、おはようと囁く声は眠そうだった。

「昨日、毛布掛けてくれてありがとう」
「ん?ああ…」

欲望を発散させた後、乱れさせた衣服を整えて、毛布を掛けた。無論、風邪をひかせないためだが、勝手に体に触れたことで、少なからず後ろめたさも感じていた。


風呂から出たばかりの、花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。背中に柔らかいものが当たって、手のひらに昨夜の感触が蘇った。

「休みだろ?もう少し寝たらいい」
「うん。そうする」

くっついたまま離れようとしないので、胴体に巻かれた腕を外して玄関に向かった。ぱたぱたと足音を立ててついてくる様子が、犬のようだと思った。

「早く帰ってきてね」

毎朝のお決まりになりつつある台詞に頷く。近頃は組の仕事もひと段落し、何も問題がなければ夕食の時間には帰宅できる。スケジュールが合わないことも多いが、生活を共にしてからというもの、忙しい中にも充実感が生まれた。


「義孝」
「なんだ?」
「今夜、見せ合いっこしようね」

つり上がった唇の端から、赤い舌が覗いた。

いつ気づいたのかと聞こうとして、やめた。彼女に昨日の痴態を知られた以上、開き直る他に方法が思いつかなかった。

「賛成だ」

どうにか発した一言は、平静を装えていただろうか。どんな顔をすればいいかわからず、不敵に微笑む彼女を真似た。しかし、姿見に映った表情は引きつって、笑顔とは言い難い不気味なものになっていた。


2018.9.3
タイトル:腹を空かせた夢喰い

 

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