1.君の温度を求めた右手


大吾さんと私は、年が十歳離れてる。子供の頃、近所に私たち家族が引っ越してきて親同士の付き合いが始まり、自然と仲良くなった。大吾さんは、仕事が忙しい両親に替わって面倒を見てくれた。私は一人っ子だから、お兄ちゃんができたみたいで嬉しくて、大吾さんにべったりだった。
大人になってからは、どこかに遊びに行くわけではないけど、月に一回のペースで食事に出かけている。最近では食事よりも飲み会がメインで、仕事の愚痴を言い合ってストレス発散の場になっていた。

大吾さんの兄弟分である峯さんとは、一年前に大吾さんの紹介で知り合った。峯さんはいつも難しい顔をしていて近寄りがたいけど、よく私を甘やかしてくれる。元気なことだけが取り柄でよく喋る私と、面倒見の良い大吾さん。おかしな組み合わせだけど、私たちは不思議と気が合った。

そして今日は、私の都合で臨時の招集になった。

「唯子、振られたって本当なのか」
「振られたんじゃなくて、浮気されたから私が振ったの」

相手は、同じ会社の人だった。人あたりが良く、男女問わず好かれる人だった。半年ほど前に、相手からアプローチされて付き合い始めた。その時はまさか、こんなに惨めな終わり方をするとは思わなかった。

「そうか……辛かったな」

大吾さんがうんうんと頷く。付き合い始めたことを報告した時、大吾さんはすごく喜んでくれたのに、こんなにあっさり終わってしまってがっかりしているに違いない。
峯さんは時々相槌を打つものの、私と大吾さんの会話を聞きながら黙々とお刺身を食べていた。

「峯さんも何か言ってよ」

話を聞いてもらえるだけでいいと思っていたのに、不満に感じたことを口にしてしまう。お刺身を飲み込んだ峯さんが口を開いた。

「ここの業界が斜陽であることは誰が見たって明らかだ。十年後は会社が存在していないだろうし、その男が特別スキルを持っているわけでもない。将来の苦労は目に見えていた」
「その斜陽産業の会社に私も勤めてるんですけど!」
「ぐっ、ゴホッゴホッ!」

大吾さんが笑いながら咳き込み始めた。何の慰めにもなっていないけど、こういう時の峯さんに悪気がないことはわかっている。

「早くに女たらしとわかってよかったと思うぞ。結婚後に別れたんじゃバツイチになっちまうし」
「同感です。唯子を手放すなんて贅沢な男だ」

峯さんは程よくお酒がまわっているのか、頬を薄く桃色に染めていた。峯さんらしからぬ発言に、どういう反応をすればいいのかわからなかった。

「まあ、そのなんだ…今回は残念だったけど、元気出せよ。二人の男前に挟まれてるんだし」

上質なスーツに身を包んで常にスマートな立ち振る舞いができる二人は、大人の男性として憧れの存在だった。

「うん…ありがとう。大吾さんと峯さんみたいな素敵な人が彼氏ならいいのに」

テーブルに突っ伏して、私はどうしようもないことを呟いた。それに対して何も反応がなく、まずいことを言ったかもと心配になって顔を上げる。すると、向かいに座った大吾さんの手が伸びてきて、髪の毛をぐしゃぐしゃに乱されてしまった。

「わははっ唯子、お前かわいいなぁ」
「きゃあ!大吾さんもう酔ってるの?」

大吾さんは、酔っ払うと陽気になってスキンシップが増える。私の頭をひとしきり撫でた後、今度は隣に座る峯さんにもたれかかった。図体の大きい男性二人がくっついたせいで、すごく暑苦しい状況になっている。でも、峯さんも楽しいんだろう。満更でもない顔付きをしてたので、私は笑ってしまった。

「今日は俺の奢りだから、どんどん飲めよ」

大吾さんに勧められるまま、私は次々にグラスを空にしていった。ふわふわして気持ちが良い。アルコールが喉を通る度に、嫌な記憶が洗い流されていく気がした。





いつの間にか眠っていたらしい。革靴のコツコツという音と、規則的な振動で、誰かに背負われていることに気付く。

「起きたのか」

聞こえてきたのは峯さんの声だった。目を開けると、見慣れたストライプ柄のジャケットが視界に入った。

「うん。峯さん重いでしょ?ごめんなさい」
「……」

峯さんは何も言わずに、私の両脚を持ち上げて体勢を立て直した。怒っているのかな、それとも呆れているのかな。後でちゃんとお礼を言わないと。
年上の男の人、それもそういう職業の人と友達同士みたいな飲み会をしておんぶまでしてもらうなんて、きっと私だけだ。そう考えると、自然と口角が上がった。

「何笑ってるんだ?」
「へっ?な、なんでもない!」

彼の浮気がきっかけとはいえ、別れるのは、時間の問題だったのかもしれない。思えば、浮気が発覚する前だって、ずっとデートらしいデートをしていなかった。だから、こんな風に人の温かさに触れることも久しぶりだった。

(大きい背中…)

ジャケット越しに感じる体温の心地よさに、私は再び瞼を閉じた。





峯さんと向かい合う格好で、大きなベッドに寝ていた。白色を基調とした内装に、清涼感のある良い香りが漂っている。空調も完璧に保たれていて、前に大吾さんと遊びに来た時を思い出した。
眉間にしわを寄せたいつもの表情で、峯さんはじっと私を見つめていた。私はというと、峯さんの手をぎゅっと握り、しかも指を絡ませていた。寝ている間に無意識にやってしまったらしい。

「期待していいのかな、俺は」
「み、峯さん」

耳元で囁かれて、かっと顔が熱くなる。
次の瞬間、大きな体が覆いかぶさって、視界が峯さんでいっぱいになった。峯さんの腕の中に、体がすっぽり収まっている。敏感な首すじにキスを落とされて、私は背中に両腕を回した。


2018.4.23
タイトル:腹を空かせた夢喰い

 

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