「眠るときは言えよ、千鶴。俺の膝くらいはかしてやるからよ」
「だ、大丈夫です」
というのは、六条河原での会話である。
会津藩から新選組に命がくだされ、長州征伐に加わることとなった。夏の、くそが付くくらい暑い日に歩いてここまでやってきたわけだが、みんな新選組としての誇りというか、喜びというか、とてもうれしそうだった。
「なんだ、なつめ。お前も貸してほしいのか? じゃあ俺の貸してやるよ」
新八さんの言葉に、ひと睨みして返す。かわいげがねーなー、とその人。
芸子姿の私には気が付かなかったくせに、というのは言えないので、やはり睨むだけの返しとなる。
それを知っててなのか、どうなのか、左之さんがこちらを見てニヤニヤ。
「しかし、昔は一人で寝れなかったなつめが、今じゃ立派な武士なのだからな」
ニヤニヤした左之さんばかり見ていたから、予想だにしない横やりに貫かれた。
『ちょっと、近藤さん、』
「そういえば、そんなこともあったね。あのころは総司とけんかばかりで、としさんに怒られるのも―――」
『源さんもだめ、言わないで』
「あの頃、なんて言えたもんじゃねーけどな。今だって、昔と大差ねーよ」
近藤さん、源さん、土方さん、と当時の私を知る面々が過去を暴露し始める。くそう、覚えてろよ、なんて言えるわけないけど。
「へえ、案外、甘ったれたガキだったんだな、」
新八さんに、またも睨み返すが、視界の端に千鶴ちゃんの姿が映り、思わず顔がほころんだ。ウトウトしている彼女を見て、疲れたんだな、と。
千鶴ちゃんを気遣ってか、それからの声のトーンはより一層抑えられた。
何か騒がしい。
静かな夜に、うっすらと目を開けた。座って寝ていたから、深い眠りにつくこともなく、それでも少しは疲れも取れた。まだ、周囲で起きているような人はいない、「人」が聞こえないような遠くの喧騒が聞こえるのは、鬼の血も関係しているのだろう。
立ち上がり、少しだけ伸びをする。これから来るであろう戦闘に備えて、だったのだが、すぐに左之さんも目を開いた。
「なつめ、」
『、―――』
ちょうどそのとき、ドーン、と爆撃音が響いた。それは、新選組や予備兵として待機していた武士たちを起こすのには十分な振動で。
「火が上がってんのか? 急ぐぞ」
土方さんの指示に、京の町へ駆け出した。
原田は公家御門の長州勢を追い返せ。斉藤と山崎は情報収取に徹するように。近藤さんと源さんは追討の許可を頼む。残ったものは、天王山に向かう。
土方さんの指示のもと、左之さんについて公家御門に向かった。
しばらく、会津藩とともに長州を追いやっていたのだが、そこに一つの銃声が響いた。
「お前らの相手は俺がしてやるよ」
口角を上げた顔は、随分と自信に満ち溢れているような気がした。撃たれたのは会津藩のようで、動揺が走る自軍の中をかき分けて、左之さんが群衆の一番前に出る。それに合わせて、私も前に出た。
「なつめ、」
『組長を助けるのが組員の役目でしょ、』
「……相手は銃を持ってる、油断するなよ」
黙ってうなづけば、少しだけ笑った左之さんが、今度は長州に向き直る。
左之さんが走り出し、同時に長州の男も銃を構えた。バン、バン。銃声の鳴り響く中、左之さんには当たっていないようだ。
「不知火匡だ」
そういって、男は去った。刀を壁に差し、それを足掛かりに屋根を飛び越えていった。
『追います、』
不知火を追えるのは私しかいないことはわかっていたので、同じ刀を足掛かりにして反動をつけていたら、左之さんに腕をつかまれた。「深追いはするな」と言いつつ、左之さんは何か違うことを思っているようだった。
『けど、』
「いいから、言うことを聞け。……けが人を運ぶ、手をかしてくれ」
指示を出し始めた左之さんの声を後ろに聞きながら、先ほどの男を思い返した。不知火匡、鬼の一族の末裔だろう。不知火という名前は聞いたことがある。
薩摩には風間と天霧。長州には不知火。
なんだろう、この胸騒ぎは。鬼の一族を味方につけて、薩摩も長州も本当に倒幕を―――
「……、なつめ」
『え、』
「え、じゃねーよ、大丈夫か?」
『左之さん、』
「しっかりしろ、まだ戦いの途中なんだぞ」
うん、ごめん。
謝ると、その人は溜息をつきながら人気のない場所へと私を誘導した。何事かと見上げれば、彼はまっすぐに私を見た。
「お前、俺に何か隠しているだろ」
ギクリと身を固めたのがばれたらしく、しかし左之さんは私の肩に手を置いて、もう一度私の名前を呼んだ。
『別に、何も―――』
「俺はお前に背中を預けていいのか? お前は俺に背を預けられるのか?」
『……』
何も答えられなかった。
左之さんから視線をそらして、目を閉じた。
左之さんに隠していることなんてたくさんある。
過去の話なんてしたことはないし、二宮なつめという名前も偽りに近い。それになにより、新選組にいる理由も、―――。
『燃えてる、』
「、」
『家屋が燃えている匂い。急がなきゃ、京が、―――』
「組長、火が上がっています!!」
くそ。そう言い残して、左之さんが再び指揮をとり始める。しかし私は、その場にしゃがみ込むことしかできなかった。
そして亀裂が走る
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