顔を真っ赤にした新八が、ニヤニヤしながら盃を傾けている。彼の隣の娘には、何度か座敷に入ってもらっている。ここの店にはよく来ていた。
「しっかし、女の子に注いでもらう酒はうまいなー、左之」
「まあ、うまいどすなあ」
鼻の下が伸びきっている、女を見るとすぐデレデレするそいつ。内心溜息をつきつつ、盃を傾けた。先ほどまで酌をしていた女は、なにやら謝りながら部屋を出ていった。君菊とか言っただろうか、きれいな芸子だった。
『失礼します、』
スっと襖が開き、先ほどとは違う女が現れた。
『君菊姐さんに変わってお相手させていただきます、まめ鈴どす』
一度頭を下げ、そのまま俺の隣までやってきた。その所作は芸子のそれなのだが、どこか違和感を感じ、女をマジマジと見つめた。しかし娘の方は目を合わせようとしない。やはりどこか怪しい。
「また別嬪さんが来たな、左之」
「ああ、」
『まあ、別嬪さんやなんて、』
言いつつ、徳利を手に取り、俺の盃に注いだ。
「お前、見ない顔だな」
『へえ、最近江戸からここへ移らせてもらいまして』
少しだけ顔を上げて、ニコリと笑った。一瞬だけ目が合う。すぐにわかった―――なつめだ。
「へぇ。俺も江戸から京に来たんだ。江戸もいいが、京の町もいいだろ?」
彼女の顎に手をあてて、強引に目を合わせた。俺が、なつめの存在に気が付いたことが分かったのか、なつめもそれまで伏せがちだった瞳でまっすぐに俺を見た。
こいつ、こんなに端正な顔立ちだったんだな、なんて。
『みなはん優しくしてくれはるから、ええ夢が見れます』
綺麗な顔が、何かたくらんでいるかのように怪しく笑った。
「そうか、あんたとは話が合いそうだ。……指名してもいいか? まめ鈴、だったな」
「おい左之、何口説いてんだよ、」
『お兄はん、えらい女馴れしてはりますなあ、』
高くつきますからね。
声には出さず、なつめがそう口を動かした。言いつつ、笑った顔があのときの―――土方さんに負けた後のときの―――それで、またドキリとした。
その日は、なつめが舞を踊った。それはほかの芸子にも劣らないほどきれいなもので、新八が見とれていたっけ。あいつ、芸子の正体がなつめだと知ったらどんな顔をするんだろうな、そう思うと思わず笑みが漏れた。
「よーお、なつめ」
『……左之さん、』
「昨日は随分ときれいな芸子さんに会ったんだが、なーんかお前に似てたんだよな。なあ、新八」
「ん? そうか?」
別に新八に反応を求めていたのではないのだが、今日も上からしたまで完璧な男装のなつめをからかいたくなった。その、完全男装の上からさらに新選組の羽織を着ているものだから、見た目は「少し小柄な新選組の隊士」である。
「なつめが女の恰好したって、あんなきれいになれるとは思わねーが、」
『何ですか、新八さん。私に何か言いたいの?』
「べ、べつに、」
ひとまず新八にむけて言葉を放ち、それから俺に向き直る。律儀な対応という点で言えば、芸子と同じだ。
『それから左之さん。芸子さんばっかり口説いてるから、いつまでも子どもができないんですよーだ』
「なつめ、それは新八にも言えるだろ」
『新八さんも以下同文!』
言い合いしている新八となつめをどうにか引き離し、巡察に回った。
別に、芸子ばかりを口説いているわけではない。なつめの芸子姿を見て、悪くないと―――きれいだと思った。なつめ云々の話がなかったとしても、彼女、まめ鈴をまた呼びたいと思ったのだ。
『まーけど、女として私を見る左之さんってのも新鮮だから、たまにならいいんじゃないかな、』
生意気言うんじゃねーよ。
芸子の頭を叩いてみる
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