変わらぬものを、僕らは愛そう | ナノ
「あれ、なつめは?」


石田散薬を飲み終えたのか、平助が口を開いた。先ほどまで石田散薬を苦いと公言したために土方さんから鋭いまなざしを注がれていた。


「山崎の手伝いに回ってる」
「あー、だから最近巡察のときも見なかったのか」


どうりで最近しんぱつぁんが静かなわけだ。相変わらず余計なひと言は健在である。平助のその独り言のような一言を新八が聞き漏らすわけもなく、ガツンと後ろで音がした。傷が開くようなことがなければよいのだが。


そこで、みんなが飲み終わったゆのみを千鶴が片付け始める。


「千鶴、いつもすまねーな」
「いえ、」


ニコリと笑って出ていくそいつの後で、土方さんも部屋を出た。大方、今日のこれからのことを千鶴に伝えるためだろう。
千鶴を連れて祇園会に行ってこい、というのは、ついさっき鬼の副長から仰せつかった。今日の巡察の後に行く予定だ。


「土方さんも隅におけねーよな」
「ん? なんか言ったか?」
「ちょっとしんぱっつぁん、―――」
「平助、あんまりはしゃいでると怪我、治んねーぞ」


いつもなら2人の遊びに付き合っているのだが、今日はあまり気分が乗らない。そのまま部屋を出て、自室へと向かった。










浅葱色の羽織を身にまとい、槍をもって正面玄関。少し早く来すぎたな、と槍を立てかけた。まだ隊士はおろか、新八も来ていない。
これから夜の巡察である。


「左之、どうかしたのか?」


しかしそこへ、二番組組長がやってきた。少しだけ神妙な面持ちであるのはなぜだろうか。そいつにしては珍しい顔だ。


「どうしたって、何がだ?」
「お前、最近様子が変だろ? ……何か悩み事か?」
「……べつに、悩みってわけじゃないんだが、」


溜息をつけば、なつめのことか、と新八。そういうところは勘がいいんだな、などと思いつつ壁に背を預ける。


「しばらく会ってねーからな。……池田屋のときの一件がただじゃすまねーことくらい、想像すりゃあわかるってのに、」


池田屋の事件で、彼女は自分が調べていた男たちを、新選組のために切り捨ててしまった。そのことで上から文が届き、一度お偉いさんのところへ出頭したはずである。


「ああ、それか。なつめも妙な場所にいやがるな」
「ま、あいつが幕府にいなきゃ、なつめと再会することはできなかったんだろうけどな」


ああ、けれど。
口に出したこととは逆のことが不意に頭をよぎる。


なつめにとっては、そっちの方が―――幕府に務めない方が―――よかったのではないか。幕府の人間だということで、彼女が刀をもって戦うことについてあまり違和感を感じていなかったが。そもそも幕府に使えることがなければ、今新選組として戦うことも―――敵の血をあびることもなかったのではないか。


「ったく、何辛気臭い顔してんだよ、左之」


バチン、と容赦ない力で背中をたたかれ、容赦ない音が響いた。少しは手加減をしろよな、と新八をにらんだ。新八の向こう側に、数人の隊士たちの姿。そのさらに向こうに千鶴が走ってきていた。


「なつめは強い。それに、なつめは敵じゃなくこっち側にいるんだ、それで充分だろ」


そろそろ行くぞ。
新八が隊士たちのいる方向に歩きだす。俺もまた、槍をもってそちらへと歩き出した。









巡察が終わり、祇園会も楽しみ、屯所に帰ると平助がいじけていた。どうやら俺と新八が飲んできたと思ったらしく、なんで俺も誘ってくれなかったんだ、と。
こりゃ、千鶴と祇園会に行っていたなどと言ったら余計いじけるな、と考えていたら、あのバカ、「千鶴ちゃんと祇園会に行ってたんだ」なんて言いやがる。


「えー!? 何ソレ、しんぱっつぁんばっかりずりーぞ」
「うっせー、けが人は黙ってろ」
「こんな怪我、祇園会に行くぐらいどうってこと―――」
『また喧嘩してる、うるさいよ二人とも』


突然現れた声に振り向けば、なつめが立っていた。どうやらお疲れ気味のようである。


「なつめ、帰ってたのか」
『うん、さっき』


右手には大きな酒瓶をぶら下げている。よっぽど機嫌が悪いのか、酒を飲もうともなんとも言わずに酒瓶を部屋の真ん中に置き、そのまま部屋を出ていく。
何事か、彼女のその行為に誰も何も発することはなく、新八や平助でさえも、目の前に置かれた酒に対して何も言わない。そして、そうこうしているうちに再びなつめがやってきた。


ダーン


猪口の入った盆を無造作に酒の隣に置き、ポンと酒瓶を開けた。
そしてそのまま迷うことなく猪口を一つ俺に向かって投げ、有無を言わさず酒を注がれた。もちろん自分の猪口にも。


「どーしたんだ、なつめ」
『いーから、呑む』


こりゃ相当機嫌が悪いな。まあ、酒が嫌いなわけでもないし、なつめに促される、というよりは強要されるがままに盃を傾けた。


『もーーーーー』


自分の分を一気に飲みほし、そこでようやくそう叫んだ。


『嫌い。きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい』


言いながら猪口にあふれんばかりの酒を注ぎ、また一気に飲み干す。


「なつめ―――」
『総司なんか大っ嫌いだから』


いきなり飛び出した人物の名前に、思わず飲んでいた酒を吹き出しかけた。





なつめと総司の事件簿、壱



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