「新選組の奴らめ、今度会ったらただじゃすまさん」
幕府の任務で探りを入れていたところで、男がそうつぶやく。酒が入っていることもあってか、周りの男もそれに賛同した。
『新選組言うたら、怖い集団や聞きますけど、―――』
「壬生なんて怖くもなんともねーよ。それより、」
強引に引き寄せられた。男の口は酒臭い。
「一緒に寝ようぜ、姐さん。高くするぜ?」
他の男たちを置いて、男と2人店を出ようとしたときだった。
「新選組の隊服着た奴らがぎょうさん歩いて行ったわ」
「なんやろな、」
島原に入ってくるお客さんがそう話しているのを耳にした。聞き間違いかと思って振りむいたのだが、一緒に店を出た男が邪魔をする。
「何をしている、早くいくぞ」
『すみません、急用を思い出しました、』
「ん? どうした、今頃照れなくてもよいのだぞ、」
なんだか胸騒ぎがする。今日は千鶴ちゃんが巡察についていく日だったはずだ。それに、最近は長州の動きが活発になっていた。監察の山崎さんや島田さんが枡屋につめて動向をさぐっていたはずだけど……。
「おい、聞いているのか!?」
しばらく放っておいたせいか、男が声を荒げた。けど、今はそれどころではない。
『さっきの部屋に戻っておいてくれます? 今忙しいんです、』
後ろでわめいている男を置いて―――酔った男から逃げることなど朝飯前だ―――芸子の恰好から着物に着替えるため、裏口へと急いだ。早く屯所に戻らないといけない気がする。何か大きな事件が起きるのではないか、そんな思いが頭から離れなかった。
着物だと走りにくい、少しイライラしながらそれでも走っていたときだった。
「新選組か? こいつがどうなってもいいのかな、」
近くでそんな声がした。聞き覚えのある声もチラホラしている。もしものことを考えて、屋根を超えて、隣の通りの様子をうかがう。案の定、男が千鶴ちゃんの首元に刀をあてていた。卑怯なやつらだ。
「こんなところで、」
土方さんが刀を握りしめたのがわかった。
20名ほどの隊士。みんな浅葱色の羽織を身にまとっていて、今から戦でもするのだろうか、と思わせる士気だった。しかしそんな雰囲気の中で、近藤さんをはじめ、幹部隊士や隊士が何人か足りていない。
すぐに、察することができた。何らかの理由で、近藤さんと土方さんと違う場所に備えていたのだ。そして本命は近藤さんの方だった。
「土方だな、何をしてい―――」
『あんたこそ、動くんじゃないよ』
キィンと高い音がして、千鶴ちゃんに向けられた刀が宙を舞った。
「なに、」
『先へ』
土方さんに目配せをすれば、驚いたように目を見開いた。
新選組の隊士たちに素性がばれないように、と顔を隠しているのだが、やはり土方さんや左之さんやその他事情を知る幹部隊士には私が二宮なつめであるということはすぐにわかるらしい。
「けどお前、これを一人で―――」
『局長さんが待っているんでしょう? ここは一人でも十分です』
「……恩に着る、」
すぐに土方さんが号令をかけ、広い道をまっすぐかけていった。千鶴ちゃんは左之さんが連れて行ってくれた。なぜ戦場に彼女がいたのかはわからないけど、今は目の前の男たちを倒すことが先決だ。
「せっかくの好機を無駄にしおって、」
『……、』
ようやく、今は敵である男たちの顔をまじまじと見ると、なんと先ほどまで酌をしていた男たちだった。偶然とは怖いものだな、なんて思いながら先ほど宙に飛ばした刀を拾った。あいにく、今日は刀を持ち合わせていない。
あーあ、幕府の任務、どうするかな。
咄嗟に動いてしまった体は、完全に新選組に味方していた。千鶴ちゃんを守るために、幕命に背いていた。
背くことと味方につくこと
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