彼と口をきかないまま、本試験を迎えた。いつも隣にいた人がいないのはすごく寂しいけど、彼に会いに行くことはしなかった。彼も会いにはこなかった。でもきっと、これからはこっちの方がいいのだ。…いつまでも彼に重荷を背負わせるわけにもいかない。
ぼけーっと試合を見ている私は、任務がないわけではない。ちゃんと任務を仰せつかっている。さぼっているわけではない、断じて。ちゃんと任務やってます、試験場の周りを囲む璧の上で。
ナルトと日向の子の試合が終わって(ナルトが勝ったことには驚いた)、次はやる気のなさそーな男の子と砂の女の子の試合。で、その男の子は相手にやられる一方で何にもしないから、私も彼がぼけーっと見ている雲を眺めてみた。
「おい、ハル。…いくらゲンマと喧嘩してるからって、そんな情けない顔をするもんじゃないだろ」
眼鏡をつけた木の葉の忍びが一人上ってきた。同じ任務を受けている。アオバさんだ。
『ゲンマさんは関係ないです』
「…はいはい」
漸く動き出した試合を下に、私はちらりと彼を見た。相変わらず千本をくわえていて、そう言えばあのプレゼントまだ渡してないや、と思い出す。せっかくゲンマさんのために買ったのに、渡すことができるかな?
『わ、ギブアップしちゃった、』
「え?」
上まで上がってきて、彼も試合を上からのぞいた。あいつ、やる気なさそーな奴だなって言っているが、実際もう試合は終わっている。
『あの子、来ないんですかね、』
「あの子?…ああ、うちはのことか。…どおだろうなあ」
どうするのかな、と試験官を見ていたら、「そんなに気になるなら会いに行けばいいのに」と言われた。
『ゲンマさんを見てるんじゃありません、試験官を見てるんです』
「…はいはい、」
どっちも同じだろう、なんて聞こえてきたけどあえて無視して試験会場に目を戻せば、そこには木の葉が吹き荒れていて。やっと来たな、と。
カカシさんとルーキー君のお出ましだ。あれだ、きっとカカシさんのさぼり癖があの子にもうつったんだよ、きっと。
「やっとだな。…会場中がざわついてる」
『…アオバさん、任務忘れないでくださいよ』
「当り前だ」
始め、と聞こえた。試合が始められたようだ。
あの砂の子は怪しい。…来るならきっと――。
白熱した試合が展開されていたころ、会場内に不穏な動きを見た。
『アオバさん、』
「ああ、動き出したな」
大がかりな幻術が始まっていて、会場内のほとんどの観客は眠りについてしまった。幻術返しを知らない下忍君たちも同じく。
「ハル、連絡は頼んだぞ」
『はい』
アオバさんが姿を消した後、私も自分の役割を遂行するべく印を結んだ。“亥戌酉申未”口寄せの術で呼び出したのは、契約を結んでいる鷹。トグリル、とその名を呼べば、嬉しそうに羽を伸ばした。
「ついに来たんだな」
『お願いできる?』
「お安いごようだ」
事情は前々から話してあった。飛び去るトグリルを見送って、私は再び場内へと視線を戻す。ゲンマさんと砂の上忍さんが向きあっている、火影様は…。
『!』
中央の物見やぐらは結界で覆われていた。角に4人入っていて、それで結界をもたせている。どうすればあれを解けるだろうか。
考えろ、考えるんだ。…私は何ができる?何をすればいい?どうすれば里を守れる?
冷たいものが首筋にあたった。
「眼下に集中しすぎて、俺の存在にも気が付かなかったようだな」
『…角倉さん、』
人質の命も、もう我慢の限界だぞ、と。ひとまず深呼吸して自分を落ち着かせた。そしてもう一度大きく息を吸うと、今度は吐き出さずに体の内にため込む。右足で彼の足の甲を思い切り踏みつけて、突きつけられていたクナイをはじきとばし、今度は私が彼を追いつめた。
「俺を殺すのか?…人質は――」
『私がそんなにちんたらやってると思います?』
「なんだと、」
『トグリルを甘く見てもらったら困りますよ、』
この前、風の国に入った時に人質の場所を見つけた。その場所はもちろん、私に最初に人質を見せたところと変わっていたため、探し出すのは容易ではなかった。…とも言い難い。まあそれはすべて彼――トグリルのおかげだ。
『見張らせてたんです、』
「人の気配は全くしなかったが、」
『トグリルは私の相棒ですけど、…鷹ですよ?』
人質の場所には3人の忍びがいたが、大した強さでもなく、私一人で難なく切り抜けられた。ああ、トグリルもいたな。
角倉さんを前にクナイを構えた刹那、ズキンと体の動きが止まった。こんなときに、またあれが襲ってきた。しかもその一瞬を見逃すほど彼も愚かではなく、次の瞬間には宙に浮いていた。蹴り飛ばされたのだ、試験会場に向けて。
『っ、』
派手な音とともに落下し、なんとか受け身にはなれたものの、一瞬息がつまった。周りでは既に木の葉と音、そして友好国砂との戦闘が始まっている。既に何人もの人が試験会場内に倒れていて、ゲンマさんがまだ立って戦闘しているのを確認してホッとしている自分がいた。
「まだ安心できる立場じゃあないと思うが?」
『…く、』
再び喉元にクナイが突きつけられ、角倉さんはそのまま誰かの隣にとんだ。…さっきゲンマさんと対峙していた砂の上忍さん。そして目の前に、大好きな彼の姿があった。
「そいつに何の用だ?」
怒気を含んだ彼の声からも、真剣なまなざしからも、今の彼の心は読み取れなかった。まあそれはいつものことなのだが。
「こいつは木の葉の裏切り者だ。…俺のために九尾のありかを調べてたのさ、」
「、」
『…ちが、』
「黙れ」
ズキン、ズキン、とだんだんと存在を主張し始めた毒の渦を抑えて、ここでも打開策を考えていた。下を見れば、同じ技は二度も通用しない、などと言われる。
「お前、こいつの命―――」
『私、を、殺すなら、九尾のありか、わからない、です、よ』
じっと私を見る彼を、ずっと覚えていようと思った。別れの言葉はいらない。そんなことを言ったら、きっと私は泣いてしまうから。
忍はどのような状況においても、感情を表に出すべからず。
任務を第一とし、何ごとにも涙を見せぬ心を持つべし。
忍びらしく
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