図書館内応 | ナノ
10強制家庭訪問計画

「睡眠不足に栄養不足、あと過労も付け加えておくそうだ」
『すみません』
前で仁王立ちする上司にただ平謝りするしかなかった。
男に首を絞められ意識を手放したところ、医務室に連れ込まれたのだが、目を覚ましたところで有無を言わさずに上官を呼び出され、今に至る。
「体調が悪いなら遠慮せず言えといつも言ってるだろう」
『すみません』
「それから軽すぎだ。そんなんじゃ、今日みたいにひっくり返されるのも当たり前だ。技術はあるんだ、もったいないだろ」
『すみません』
もう何度目かもわからない謝罪を入れたところで、片山から聞いた、と切り出された。
『え、何を、』
「嫌がらせがひどくなったのが原因なんだろ、それ」
それとはつまり藍の今の体調のことで、上司に体調のことを心配されるほど、自己管理ができていないのだ。
そんなヤツ、特殊部隊、いや社会人とも言えない。ただの甘ったれたガキだ。
まっすぐ視線を外さない上司に、藍の方が恥ずかしくなって目を逸らした。
『すみません』
「なんのすみませんだ、それは」
少しだけ優しくなった口調に、目頭が熱くなった。
なんで今涙。
慌てて涙をのみ込み、ぐるぐるいている言葉を、端から全部言葉にした。
『今日は朝から体調が悪くて、けど体調管理できない自分を知られたくなくて、それを隠していました。結果それで迷惑をかけてしまって、体調管理できなかったことを隠す方がもっとオコチャマだと思います。本当にすみませんでした』
深く頭を下げると、いつもの諭すようななだめるような、優しい右手が藍の頭を撫でた。
「嫌がらせ、ひどいんだろ。体調管理ができなかったのは確かだ、反省しろ。けど、体調管理するために、自分だけで解決しようとするな。誰でもいいから、はけ口を作れ」
『……』
「返事は」
『……』
「返事がないということは、強制家庭訪問だな」
堂上の言葉とともに、医務室の扉が元気よく開かれた。バーンという音も忘れない。
「お前、ここは医務室だぞ」
勢いよく現れた郁に注意したのは例のごとく堂上だ。
『強制家庭訪問ってなんですか』
「笠原さん考案なんだ」
「間宮が全然相談してくれないから、こっちから部屋を見に行く」
それは、嫌がらせが職場ではなく寮の自室で行われていることを加味していた。
『嫌です』
「じゃあはけ口を作れ」
『……はけ口ってどういう、』
「私たちがあんたのはけ口になってあげるって言ってんのよ」
『……それと家庭訪問にどういう関係が、』
「つべこべ言わない。もう決まったことよ。上官命令」
『ひどい。職権乱用』
「片山、運んで」
「了解」
仲間だと思っていた片山が、寝かされていた藍を抱き上げる。堂上班全員の前で俗にいうお姫様抱っこをされ、藍の頬はすぐに赤くなった。
『やだ、放して』
「ばか、暴れるな」
『恥ずかしいし、注目されるだけだから放して。あと自分で歩ける』
「わかったわかった。おろしてやるから暴れるな」

「うわ、ひっど」
ついに断ることはできず、寮の部屋、4階の一番奥の部屋を見た郁の第一声である。
『すみません』
「間宮が謝ることじゃないでしょ」
同居人がいないため、空いている方のベッドに段ボールを積み上げている。その中には嫌がらせとして送られてきたものがそのまま入れられている。生ものの場合が怖いので、一応中身は開けてみることにしている。
「これ全部嫌がらせなの?」
『処分してない分はこれで全部です』
「処分してない分って……」
ベッドには、段ボールのほかにも、手紙やはがき、貼り紙をはがした紙が置いてある。
「これは? 入り口に貼られてたの?」
『はい。……それが貼られたときはちょっと堪えました』
小野寺藍の名前が武蔵野図書館で叫ばれたときに、貼られていた。寮に貼られていたということは、内部からの嫌がらせということだ。特殊部隊に身を置いているせいか、いつのまにか武蔵野図書館という場所に期待していたのかもしれない。普通の生活ができるのかもしれない、と。
「ばかだね、間宮」
『笠原さん、なんで泣いてるんですか』
「あんたには何も罪はないんだから。普通の生活が送れない方がおかしいでしょ」
郁は藍のために泣いていた。そのことに驚き、しかし同時にうれしかった。自分のために泣いてくれる人がいるのだと。
『全部は見ない方がいいです、卑猥なものもありますし』
共同区画では藍と郁以外の堂上班が待っている。
「うんうん、全部見る。……だって間宮は、全部見たんでしょ?」
『笠原さん、』
「ごめんね、今まで気づいてあげられなくて」
『いえ、それは私の問題なので、気づかなくても笠原さんが謝ることじゃ……』
「間宮になんの問題もないのに、この嫌がらせは理不尽すぎるよ。こんなのあんた一人で抱え込まなくていい」
泣きながら言う上司に、「相談するってこういうことなのかな」と感じた。

前の図書館でもそうだった。小野寺茂の娘であることが知れた途端に、嫌がらせはひどくなった。忘れたころに届いていた程度のものが、毎日2,3個の手紙や小包が届くようになったのだ。中身は様々だったが、藍の顔写真で加工された卑猥なもの、脅迫文、ストーカーをほのめかしたもの。ひどかったのは、動物や虫の死骸をつめたもの。
加えて、関東図書基地では扉へ貼り紙されたり、ドアの隙間から手紙を差し込まれたりした。
夜中に、壁を強くたたかれることもしばしばで、眠れない夜が続き、いつしか悪夢にさいなまれていた。
「なんで言わないのよ」
『……我慢すれば済む話なので』
「ばか」
共同区画の会議室で、ついに郁は藍を抱きしめていた。
「なんでもかんでも我慢すればいいってもんじゃないよね」
じゃあどこまで我慢すればいいのだろう。しかし口では違うことを言った。
『すみません』
「何か対策を考えないとな」
堂上はしかし、まだ考えがまとまらない様子で口を閉ざした。
『あの、』
「お前は今日の飯、何食べるか考えとけ」
龍の発言で、今日も龍と二人、どこかへご飯を食べに行くことが決定していることがわかった。
「あ、それ!」
不意に、涙目の郁が明るい顔をした。
「どうした」
「毎週うちでご飯を食べるってのはどうですか。柴崎とか毬江ちゃんとかも一緒に」
休みも同じ班だから重なるし。
郁の提案に、堂上も頷いた。
「そのくらいの頻度の方が安心だな。飯を食べるってのも、食べる量が見られるから安心だ」
なんだか恥ずかしくなってきた。
藍はうつむきながら挙手をして発言権を得た。
『そこまでしてもらわなくても』
「ダメダメ。放っておいたら餓死しそうだもの」
しかしすぐに発言権は剥奪された。
「俺も賛成。寮暮らしじゃなくなってから、班で距離も感じるし親睦深めるのにちょうどいいんじゃないかな」
小牧の発言には、藍のためだけではない、というフォローも入っていた。少しだけ申し訳なさがまぎれる。
「うちも、情報源になるって喜ぶと思うんで。むしろ家で開催してもいいくらいです」
手塚。
片山には断る理由も特になく、満場一致で週に一度の食事会ないし飲み会が開催されることとなった。



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