図書館内応 | ナノ
09相談する人

寮の食事かと思っていたが、連れ出されたのは基地の外だった。図書隊員御用達の近場の店も通り過ぎ、藍の入ったことがないような店に着いた。
「マスター、奥の席使っていい?」
龍は常連なのか、マスターに気軽に要望を出す。
どうぞ、とマスターが優しく笑い、その人の温厚さが見えた。
『よく来るの?』
そう問えば、まあね、と軽く返される。
飲食店に入ったのは久しぶりだったので、自然ときょろきょろしてしまう。
「何にする?」
一方の龍はメニューを取る手も、選ぶしぐさも、どこかこ慣れている。
よくこうやってご飯に来るのかな。
少しだけモヤっとした感情に気づくことはなく、藍はすすられたメニューに視線を落とした。
『あんまり食欲ないから、控えめなのがいいんだけど、』
いうと、じゃあこれは、と龍がさしたのはグラタン。
『じゃあそれで』
注文を終えると、すぐに話は進められた。
「で、なんで食欲がないの」
まっすぐに龍に見つめられ、藍は逆に視線を外した。
『夏バテ、とか?』
季節はもうすぐ夏を迎えようとしている。
「たしかに夏バテかもな、食欲ないなら。けど体力も落ちてる証拠だぞ、夏バテは」
『小野寺茂の子供だとばれてから、嫌がらせが増えました』
隠すことをあきらめて白状すると、龍がなんとも言えない表情をした。
「食欲なくすくらいの頻度なら、誰かに相談しろよ」
そんなこと言っても、
『相談する人なんていない、』
「俺とか。俺が嫌でも堂上班がいるだろ」
なんでこんな当たり前のことわからないの、という目をして龍がつぶやく。少しふてくされているように見えるのは気のせいだろうか。
『親しくもないのに相談受けるの、迷惑じゃない? しかも図書隊の敵の娘だよ』
いったところで、はあ、とため息が聞こえた。
「お前はなあ、そういうとこ、いい加減直せ」
『どういうとこ直せばいいの。小野寺茂の娘なんて、苗字変えたってなにしたってずっと付きまとってくるのに。直せるはずないじゃん』
少し口調を荒げると、龍は諭すように口調をやわらげた。
「お前の親父さんは、どうしたって変えることはできないだろ。変わるならお前自身が変わるしかないんだよ」
正論を突かれて言い返せない。押し黙ると、龍は続けた。
「小野寺の名前知っても、みんなの態度変わった?」
首を横に振る。
「みんなに歓迎されてるの、わかんない?」
それにも首を横に振ったところで、店員が料理を持ってきた。
グラタンからは湯気が昇り、作り立てであるのがわかった。龍はオムライスを頼んでいた。
「間宮は気にしすぎ。女子の間じゃ、そういうこと気にしないといけなかったのかもしれないけどさ」
入隊当初、業務部の女子グループに目をつけられた。仕事も人間関係もうまくいっていて、というよりはうまくいきすぎていて、気に食わなかったのだろう。そこに、小野寺茂の娘であると何かの拍子にばれてしまったのだ。嫌がらせのタネに使われてもおかしくない。
「特殊部隊はそんなバカなことやらない」
堂上にもいつか言われた。“父親が誰だろうとお前への接し方が変わるほどガキじゃない”と。玄田も、藍が小野寺の娘であることを何も問題視しなかった。
「だから、もっと周りに頼れ。お前は一人で抱え込みすぎ」
『自分の問題くらい解決しないと』
ようやく言い返したところで、倍以上になって返ってきた。
「自分で解決できることとできないことがあるだろ。お前のは解決できてない。それに、」
『それに?』
「やっぱいい。早く食べろ」
『そこまで言っておいて言わないの?』
「うるさい、冷めるぞ」
『そういうとこ、堂上さんに勝てない所以だよ』
「あれには敵わん」
『うわ、弱気。それにあれよばわり』
「そもそも所以ってなんだ、そんな言われはない」
『早く食べないと冷めちゃうよ』
同期に諭されっぱなしの食事会は幕を閉じた。

「その顔、どうしたんだ」
この日は館内業務で、藍は堂上とバディを組んでいた。
『あ、えーと』
龍と一緒にご飯を食べてから何日かたち、しかし龍の言う相談は、まだできずにいた。どう話をもちかけていいのかわからない。
「眠れてないのか」
藍の顔には大きなクマができていて、堂上に限らずすれ違う人に何度も聞かれた。
『夜、何回も起きちゃって、』
眠れてないんです。
そう続けようとしたところで、無線から何やら聞こえてきた。しかしそれよりなにより、藍と堂上の目の前から、大きな体をした男たちが走ってきている。
「待ちなさいっ」
郁の声がすぐに聞こえてきて、そこでようやく無線の声を認識した。
「貸し出し用のバーコードをはがそうとしていたため、現在笠原三正が追跡中」
つまりは男たちを捕まえろ、ということだ。
犯人は2人。堂上の目配せに、頷いて応じた。
「うわ、」
一人目の男はそんな声を残して床に倒れた。持ち出した図書も一緒に床に倒れる。堂上がマウントを取っているのを横目に、藍もすぐ後ろを走っていた男に足技をかけて逃走をふせぐ。
「くそ、」
立ち上がろうとする男に関節技で対応する。こういう場面でマウントをとれないのは痛手だが、どうにか対処する術は身に着けてきた。はずだったのだが。
一瞬手元が緩んだ。
突然の目眩が藍を襲っていた。
しかしその一瞬を、男は見逃さなかった。
すぐにきめられていた腕を力ずくで外し、しかし逃げることなく―――藍に襲い掛かった。
『っ、』
男の大きな体が藍にまたがり、その両手で力いっぱい藍の首を絞め始めたのだ。
マウントを解こうとあれこれ試してみたが効果はない。そのうち息が苦しくなり、両手は自然と首元の犯人の手を握っていた。
「死ね、死ね、」
ああ、もう。息が持たない。
「やめろっ」
声とともに、重くのしかかっていた男の体重が消えた。

無線での応援要請を受け、急いで出口へと向かっていると、犯人が藍の上にまたがっているのを見た。しかもその手は藍の首を絞めている。
「あの野郎、」
そこから先は、もう無我夢中に動いた。
顔の骨でお折れるのではないかというくらい固く握ったこぶしで犯人の顔を殴った。藍を見るとせき込んではいるが大丈夫、意識はある。息もしている。
それを判断するとすぐに犯人に向き直った。よっぽど痛かったのか、まだ頬を抑えている男の腕を捕まえて、手錠をかけた。それでも逃げる危険があったため、頭を地につけた。
もっと殴りつけたい衝動に駆られたが、どうにかそれは抑えた。
「間宮、」
郁に抱え上げられ、青白い顔をした藍はしかし、いつもの愛想笑いを浮かべていた。
『すみません』
「けがは?」
小牧の問いに答えは返ってこなかった。
「間宮!? しっかりして、」
気を失った。それに慌てたのは郁で、何度も藍を呼んだ。
「郁、大丈夫だ気を失ってるだけだ」
堂上が郁をなだめ、的確な指示を出した。
「小牧、笠原と一緒に間宮を医務室に運んでくれ」
「了解」
「片山は俺と一緒に犯人を取調室に連れていく。手塚、事の次第を玄田隊長に知らせろ」
手塚は小走りで事務所へと向かい、堂上と龍は動こうとしない犯人を引き立たせた。
図書室は既に、静けさを取り戻していた。



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