魔核(コア)奪還編

59


戦意を持った相手が半分くらいまで減った頃、ユーリはもう充分だから退くと散らばっている仲間に声を大にする。しかしリタは暴れ足りないらしく、眉間の皺を増やして魔術の詠唱を続けた。

まさかこんなに早くフレンが乗り込んでくる訳がない。ハルカも、多分リタや他のみんなもそう思ったのだろう。けれどユーリとアイナ、それにラピードは既に退く体制を整えていた。なぜ、と問う前に吹き抜けになっているこの空間で足元から声が聞こえる。慌てて視線を向けると、フレンがソディア達を連れて立っていた。

「執政官、何事か存じませんが事態の対処に協力致します」
「あーあ、もう来ちゃったよ」
「ほらみろ」

ユーリとアイナが目を細めて肩を落とす。ラゴウもフレン達の登場には快く思ってないのか、思いっきり舌を打った。剣を抜いてこちらへ向かってくるフレンを見て、流石にハルカでも危機感を覚えて銃を向ける。彼らの足元を三発くらい威嚇射撃していると、突然部屋の大きな窓が派手な音を立てたので咄嗟に顔を向けると、信じられない光景があった。

エフミドの丘でカロルの話を聞いたエステルが興奮した様子で語っていた「竜騎士」の姿が、実際に目の前にあった。それが物語のように女であるのか、それとも男であるのかを判断するのは困難だ。白い兜と鎧で全身を覆い隠している。遠巻きだが、少なくともユーリよりは背が低い人物だろうとハルカは感じた。

その竜騎士は竜に乗ったまま自分に武器を向ける全員を器用に避け、魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)を大きく薙ぎ払った。途端に魔導器は色を失う。壊れて……否、死んでしまったそれを酷く悲しい目でリタが見る。だがそれも一瞬で、すぐに竜騎士を睨み上げた。

「ちょっと!!何してくれてんのよ!魔導器を壊すなんて!!」
「あれが竜騎士……本当に存在していたんですね」
「竜騎士なんてもったいないわ。バカドラで充分よ!あたしの魔導器を壊して!」
「いや、リタの魔導器じゃないし」

竜騎士も竜も、カロルの冷静な突っ込みを無視したリタの怒号に見向きもしなかった。それどころか彼女の放ったファイアボールも、なかった事のように軽々と避け、フレン達に向かって竜が火炎を吐いた。辛くも避けた彼らは臨戦態勢に入る。

その隙にこの場を脱したのはラゴウだった。真っ先に気が付いたラピードが大きく声を上げて全員に知らせると、ユーリは思いっきり舌を打つ。ラゴウの忌々しい背中を、ユーリ達は必死に追い駆けて屋敷を出た。

突然追う足を止めたのはユーリとアイナだった。ラピードだけが止まらず走り追う中、苛立った様子でリタが振り返って声を荒げようとして思い留まる。一緒にここまで来ていたポリーとパティにきちんと目を合わせ、声をかけていたのだ。

「お前らとは、ここでお別れだ」
「ラゴウってわるい人を、やっつけに行くんだね」
「そうなの。ごめんね、私達急いでて」
「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。ひとりで帰れるよ」
「お前も、もう危ない所に行ったりすんなよ」
「わかったのじゃ」
「ふたりともいい子だね。気を付けて帰って」

ふたりに頭を撫でて貰ったポリーとパティが走り去っていく。それからすぐラゴウの後を追おうとしたのだが、今度はエステルが動かなかった。何をするでもなく俯いている。
ハルカは、きっとラゴウの事なのだろうと思った。詳しく何を感じているのか察する事は出来なかったけれども、巨大格子の向こう側に居るラゴウに向かって彼女らしくない怒声を出していたのを覚えているから。

「……私、まだ信じられないです。執政官ともあろう立場の人間が、あんな酷い事をしていたなんて」

独り言のような音に、カロルは苦笑いしながら「よくある事だよ」と言う。ハルカには、その顔が少しだけ大人びて見えた。だからという訳ではないが、ハルカもカロルが言うのと同じ事を感じた。同じ事をしている権力者がよく居るとか、そういうのではない。
ただ、権力を手にしている人間がそれに溺れ易いのは世界が違っても同じなのだろう。人間はどこに居ても、やはり人間だから。

「エステル、現実ってこんなもんだよ」

それしか、ハルカには言えなかった。彼が特殊なのだとは、嘘でも慰めでも言えなかった。
エステルが下唇を噛む。そこへ単身ラゴウを追っていたラピードが戻って来て、急かすように吠えた。息を吐いて気を取り直すエステルの手をアイナが握って引く。それが彼女にとっては酷く心強かった。

行くぞ、とユーリが言うと、ラピードが彼らを先導するように走った。ユーリ達はそれを追う。ラピードは離れていた少しの間で突き止めたラゴウの行先にユーリ達を導く。一面の青が見えてきた。港だ。一隻の船が動き出そうとしている。ラピードはそれに向かってひとつ吠え、相棒にあそこだと伝えた。

駆けるスピードを一気に上げたラピードとユーリが大きく地を蹴って船へ飛び乗る。アイナがそれに続き、エステルとリタもすぐに飛んだ。少し遅れてカロルが跳ねる。足りなかったジャンプ力をユーリが彼の腕を掴んで引く事で補い、最後にハルカが港を蹴った。

なんとか片足が船に着くが、体のほとんどが海の方にある。そこからは、なんだか世界がスローモーションだった。背中が海に引っ張られていく中、ユーリ達の目が丸くなったのが見えた。ラピードの姿が見えた。アイナがこちらへ手を伸ばしているのが見えた。

海に吸い込まれていく。音と水飛沫を上げた次の瞬間には、ハルカは懸命にもがいていた。泳げない、のだ。ハルカは泳ぐ事が苦手だ。だからどうしたらいいかわからなくて手も足も不恰好にバタバタさせる。

「ハルカ、ハルカ!」

アイナの声が聞こえて、嗚呼そういえば……なんてこんな時に脳が過去を呼び起こす。

「泳げないの!?私よりもずっと運動得意なのに意外だなぁ……じゃぁもし一緒に居て溺れたら、私が助けてあげるね!」

そう言って笑った、幼い頃の大好きな親友の記憶。そうだ、別に焦ってもがかなくても自分は大丈夫なのだ。だって必ずアイナが助けてくれる、とハルカは手足の動きを止める。

「ハルカ!!」

親友が呼ぶ声が聞こえた直後、すぐ近くで大きな水飛沫が上がった。



to be continued...

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