魔核(コア)奪還編

50


「それじゃぁトリム港に渡れないね……困ったなぁ」

アイナがため息を零すと、ソディアは彼女を睨み始めた。どうやらソディアは、賞金首になってしまっているユーリとアイナが気に食わないらしい。それは上官の友人だから余計になのか、それとも元々馬が合いそうにないのかはわからない。

けれど、なのか。だから、なのか。ハルカは、なんとなく彼女が嫌だった。直観的に彼女は嫌いだと思ってしまっている。ハルカの場合、こう感じる人とは後々いざこざが起こったりするので一応、ソディアを警戒する事にした。
ハルカのそんな脳内処理を誰も知らず、この街に起きている悪い事態をフレンが更に足し始める。

「執政官の悪い噂は、それだけではない。リブガロという魔物を野に放って、税金を払えない住人達と戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね」
「そんな、酷い……」
「入り口で会った夫婦の怪我って、そういうからくりなんだ。やりたい放題ね」

エステルが自分の事のように辛そうに俯いて、リタも不愉快そうに納得する。その夫婦が言っていた事を思い出してカロルが「そういえば子どもが」と零した。すぐフレンがそれを拾うも、ユーリがなんでもないと誤魔化す。その上で疲れたから休むと言って部屋を出てしまった。ずっと静かにお座りをしていたラピードとカロルがそれに続き、アイナとリタもまた部屋を出ていく。

ハルカとエステルは、フレンが「やれやれ」と苦く笑ったのを見た。幼馴染みのフレンには、ユーリがどうして遮ってから部屋を出たのか理解出来ているらしい。黙って出て行くのもなんだか申し訳ないので、ひと声かけてからユーリ達を追おうとする。

「それと……例の『探し物』の件ですが」

扉を閉める直前、ソディアが声を潜めてそう言うのが聞こえて首を傾げたが、ハルカもエステルも大して気には留めなかった。
一旦宿屋から出て、これからの話し合いをする。エステルはラゴウ執政官に会いに行くと強く希望した。それはハルカも賛成だったし、むしろみんな同じように憤っていて、同じように行かなくてはと思っているはずだと思った。しかしカロルは、いくらエステルが貴族でも自分達などが行っても門前払いだと言う。

とは言え、港が閉鎖されていてはトリム港に渡れない。ユーリとアイナが追うデデッキという男も隻眼の大男もこの海の向こう側に居るのだ。追うにはどうしても港から船を出して貰わなければならなかった。
とりあえず一度、ラゴウ執政官の屋敷に行って会えないか訊いて、ダメだったら他の方法を考える事にしたユーリ達は、この街でひと際大きい建物へ向かった。それは先程、不思議な少女と会った場所で、やはり門番がふたり居る。

「なんだ、貴様ら」
「ラゴウ執政官に会わせていただきたいんですが」

エステルが丁寧に尋ねる。そして、ある事に気が付いたカロルがユーリの服をつんつん引っ張って小声で言う。

「この人達、傭兵だよ。どこのギルドだろう……」
「あー……だから柄が悪いんだ、この人達。まるで騎士っぽくないもんね」

先刻の事を思い出して納得するハルカの目が、軽蔑の色をして門番ふたりを映した。しかし彼らは全く気にした様子もなく、ふんと鼻を鳴らして手で追い払う仕草をする。

「ふん、帰れ、帰れ!!執政官殿はお忙しいんだよ」
「街の連中痛めつけるのにか?」
「おい、貴様、口には気を付けろよ」

悪びれもせず言ってのけたユーリに門番の剣が向いた。これでは大事になってしまうと考えたカロルは、自分より大きな仲間達を一生懸命見上げてため息を吐く。その唇から零れる言葉が少しだけ呆れを含んでいた。

「だから、相手にされないって言ったじゃないか。大事になる前に退散しようよ」
「ここはカロル先生に賛成だな」
「でも、他に方法が……」
「いいから、行くよ」

カロルの意見を通したユーリが彼と共にその場を離れた。渋ってなんとか正面から突破しようとするエステルを、リタが背中を押しながら無理矢理に退散させる。
ハルカは、エステルは真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだと思った。まるで正義感に満ち溢れた子どもだ。穢れを知らず、理不尽な世の現実を知らない彼女の心の清さは、酷く美しい。けれど危うさも兼ね備えていると、そう感じられてならなかった。

「私達も行こう、ハルカ」
「あ……うん。そうだね」

差し出されたアイナの手を握り返す。あんな嫌味ったらしいやつにも「お騒がせしました」と丁寧に頭を下げる彼女の足元で、ラピードがため息みたいに息を吐いた。それが呆れているように見えたハルカが苦く笑う。
遅れて屋敷の前から離れたハルカ達は、ユーリ達を見付けてその輪の中に入った。するとカロルが、ふたりを見上げて「あのね」と話を始める。

「正面からは行けないから、献上品持って行こうってなったんだ。ほら、あの夫婦に役人が言ってたでしょ?角だけで一生分の税金が納められるって。それだとね、今がチャンスなんだよ!リブガロは雨が降ると出て来るんだ」
「あぁ、そっか。天気が変わった時にしか活動しない魔物って時々居るもんね」
「へぇ、そうなんだ。カロルもアイナも物知りだね。それで?」
「それでって?それだけだよ?」
「どこに居るの?リブガロ」
「さ、さぁ……」
「知識の詰めが甘いなぁカロルってば」
「もう!ハルカ、さっきからユーリと同じ事言わないでよ!」
「げ!マジか!じゃぁ全部取り消すわ!」
「……馬鹿っぽい」

リタに呆れられてしまったのも笑って誤魔化したが……ハルカは、自分がぼんやりしていたせいで今後の話し合いにきちんと参加出来なかった事を申し訳なく思っていた。元々はここに居るはずのない人間だとしても、居るからには出来る事をしたかったのだ。
誰にも知られないように、そっと息を零す。ラピードがこちらを見ていたけれど、彼ならいいかと気にしなかった。

そこまではいいとして、とアイナが言う。

「みんな、いいの?相手はこの街のルールを作ってる帝国の執政官だから、それに逆らおうとしてるこっちは犯罪者になるけど」
「あんたも、そいつと同じ事言うのね」
「……え?」
「アイナ、それでもいいから、私達はここに居るんですよ。それに……法に触れるからと言ってこの状況を見過ごす方が、よっぽど罪になると思うんです。だから行きます」
「天候操れる魔導器(ブラスティア)っていうの、すごい気になるしね」
「そっか。じゃぁ、まずリブガロ探しだね」

アイナがやんわり笑うとカロルがはりきって先陣を切る。

- 59 -

[*prev] [next#]



Story top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -