魔核(コア)奪還編

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自分も止めに入ろうかとハルカが考えていると、視界の端に尻餅をついてしまって付着した汚れをパタパタと叩き落とす少女が映る。なんとなく嫌な予感がしたハルカは、彼女の行動をちょっとだけ警戒しながら見ていた。すると。

「えいっ!」

少女が何かを地面に叩き付け、途端に辺りを黄色い煙が包み込む。何か少し嫌な臭いがするその煙に咳き込んでいると、ハルカの目に逃げようとしている少女がぼんやり見えた。

「おいおい、ここまでやっといて逃げる気か?」
「美少女の手を掴むのには、それなりの覚悟が必要なのじゃ」

ユーリと、それから少女の声が聞こえる。けれどハルカの視界には黄色い煙しか映らなくて何が起こっているのか判断し辛い。ただ、ユーリが逃げようとしていたあの少女を止めたんだろうとは、なんとなくわかった。

「どんな覚悟か教えて貰おうじゃねぇか」
「残念なのじゃ。今は、その時ではない」
「なんだって?」
「さらばじゃ」

煙が晴れていく。目の前がはっきりした時には、もう少女の姿はどこにもなかった。門番達が悪態をつきながらユーリ達にも去れと吐き捨てる。

「ったく……やってくれるぜ」

呆れたとでも言いたげな口調のユーリが掴んでいたのは、金髪に錨の描かれた海賊帽子とダボダボのピーコートを着た、あの少女を模した人形で。ハルカもアイナもユーリが人形を持っているという光景に大笑いした。ユーリが不服そうな顔をする。
ラピードがまたひとつ、大きな欠伸をした。



そろそろフレンとエステルの込み入った話も終わっているだろうと踏んだユーリ達は、宿屋へ向かった。軒下で雨宿りをして待っていたカロルとリタと合流し、中へ入って受付でフレン達の居る部屋を訪ねる。彼らが連れである事を告げると、快く部屋を教えてくれた。

先頭を歩いていたユーリがノックもなしに突然ドアを開く。フレンとエステルは、ふたつの椅子にそれぞれ向き合う形で座っていた。

「用事は済んだのか?」

ユーリの問いにそっと頷くエステル。今度はフレンに問うた。

「そっちの秘密のお話も?」
「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね。まずは礼を言っておく。彼女を守ってくれてありがとう」
「あ、私からもありがとうございました」
「魔核(コア)泥棒を探すついでだよ」
「問題はそっちの方だな」
「ん?」

なんの事だと首を傾げるユーリに、フレンは重い息を吐く。それから少し目を細めて続けた。

「どんな事情であれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」
「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」
「仕方ねぇなぁ。やった事は本当だし」
「では、それ相応の処罰を受けて貰うが……ユーリもアイナも、いいね?」
「それは別に構わないけど」
「オレも別に構わねぇけど、ちょっと待ってくんない?」

眉を寄せるふたりにフレンは「わかってる」と苦く笑う。

「下町の魔核を取り戻すのが先決と言いたいのだろ?」

ユーリとアイナが静かに頷いて、フレンがやっぱり、とまた息を零す。そこで部屋の扉が開き、騎士の制服に身を包む女性とその時扉が開き、アスピオで見た魔導士達と同じローブを着た少年が入って来た。女性の方は明るい茶髪で、髪型は左側だけが長く、その部分を三つ編みにしているという独特なものである。一方少年の方は緑色の髪がおかっぱっぽい形をしていて可愛らしい印象を与えるが、頭の天辺から飛び出している「アホ毛」と称されるそれがなんとも面白い。

「フレン様、情報が……」

と、そう言った少年の視界にリタが入った途端に、彼は眉を歪め声を少し荒げた。

「なぜ、リタが居るんですか!あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか?帝国直属の魔導士が、義務付けられている仕事を放棄していいんですか?」

魔導士の格好をしているからリタの事を知っているだろうとは予想していたけれど、少年の口ぶりは、まるでふたりが知り合いだと言っているようにハルカには思えた。だったらリタに訊くのが早いだろうとハルカは彼女を見る。

「あの子、誰?」
「……誰だっけ?」
「ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然全く興味ありませんし」

本当にわからない様子のリタに、少年もツンとそっぽを向く。それがハルカには、ああ言ったが少年が一方的にリタを意識しているのだと感じられた。それが好意なのか、敵視なのかはまでは判断出来ないけれど。

「紹介する。僕……私の部下のソディアだ」

フレンに紹介されて女性…ソディアが会釈する。それから、とフレンは続けて少年の紹介を始めた。

「こっちはアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル。彼は私の……」
「こいつら……!賞金首の!!」

今度はユーリ達の紹介をしようとしたフレンを遮ってソディアが腰に佩く剣を抜く。そう言えばユーリとアイナは賞金を懸けられているのだった、と改めて思ってハルカが庇おうと前に出る。が、そんな彼女とソディアの間に空かさず割って入ったフレンが少し慌ててソディアを止めた。

「ソディア、待て!彼らは私の友人だ」
「な……賞金首ですよ!?」
「事情は今、確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り私が申し開きをする。その上で受けるべき罰は受けて貰う」
「し……失礼しました。ウィチル、報告を」
はい、と返事をしたウィチルがひと呼吸置いて喋り出す。
「この連続した雨や暴風の原因は、やはり魔導器(ブラスティア)のせいだと思います。季節柄、荒れ易い時期ですが船を出す度に悪化するのは説明が付きません」
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器が運び込まれたとの証言もあります」

ウィチルの話にソディアが足し、今まで興味のなさそうだったリタが突然口を挟んだ。

「天候を制御出来るような魔導器の話なんて聞いた事ないわ。そんな物発掘もされてないし……いえ、下町の水道魔導器(アクエブラスティア)に遺跡の盗掘……まさか」
「執政官様が魔導器使って、天候を自由にしてるって訳か」

ユーリが要約すると、カロルが小さく「なるほど」と声を漏らした。彼が言葉を発したせいなのか、顔をしかめたままのソディアが若干睨むようにユーリを見ながら、それを肯定する。

「……えぇ、あくまで可能性ですが。その悪天候を理由に港を封鎖し、出航する船があれば法律違反で攻撃を受けたとか」

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