魔核(コア)奪還編

22


悲鳴を上げたカロルがその場に立ち竦み、体を震わせている。その反応を見たユーリが満足そうな表情で言った。その行動に大人気ない、とハルカの口からため息が零れる。

しゃがみ込んでエッグベアの立派な腕の先を見ると爪と思わしきものが数個付いていた。それを摘まんだハルカが躊躇なく引っぱると、意外にあっさり取れた。

「取れたよ〜。カロル、これで合ってる?」

掌いっぱいに乗ったそれを目の前に差し出されたカロルは、ハルカの持っているそれが確かにエッグベアの爪だとわかると大きく頷く。

「これで、ルルリエの花弁があればいいんだね。アイナが探しててくれてるんだよね?ハルルに戻ろうよ」
「はい。アイナの所へ行きましょう」

来た道を戻ろうと身を翻した瞬間、耳覚えのある声が聞こえてきた。

「ユーリ・ローウェル!森に入ったのはわかっている!素直にお縄につけぃ!」

ユーリの眉間に皺が寄り、大袈裟なため息と共に肩を落とす。

「この声、冗談だろ。ルブランのやつ結界の外まで追ってきやがったのか」
「え、何?誰かに追われてんの?」
「ん、まぁ騎士団にちょっと」

事情を知らないカロルに尋ねられて、ユーリは言葉を濁した。するとカロルは「またまた、元騎士が騎士団になんて……」と考え込み始める。

「す、素直に出てくるのであ〜る」
「い、今ならボコるのは勘弁してあげるのだ〜」
「噂ごときに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」

情けないふたつの声とそれを叱る声に思わずハルカが苦い笑いを零す。帝都で追われている時も思ったが、彼らの声はとても大きいから距離感が掴み難い。
疑わしげにユーリを見上げたカロルが再び口を開いた。

「……ねぇ、何したの?器物破損?詐欺?密輸?泥棒?人殺し?火付け?」
「脱獄だけだと思うんだけど……」

どこか自信なさそうなユーリの答えに、カロルは少し距離を置き始める。その小さな肩に手を置かれ、彼はハルカを見上げた。しかしハルカの目はユーリに向けられている。

「とにかくさ、草とか木の枝とか集めてきて道塞いじゃおうよ」
「だな。少しくらい時間稼ぎできるだろ」
「だ、だめですよ!無関係な人にも迷惑になります!」

そう決まるとすぐに行動に移したふたりを慌てて止めようとするエステル。カロルが自分はどうしようと迷っている間にも、ユーリとハルカはせっせと丁度よさそうな枝を集めていた。

「誰も通りゃしないよ。なんせ、呪いの森だからな」

手を止めないままユーリが言えば、やはりエステルが「でも」と渋る。そうこうしている間にも道はどんどん塞がっていった。とは言っても子ども騙し程度なのだが。それでも多少は時間稼ぎ出来るだろう。

「これでよし。じゃぁ、ハルルに戻ってアイナと合流して、パナシーアボトル作って貰おう」
「うん!これでハルルの樹が治るといいね」

ハルカが微笑みながら言えば、釣られてカロルも笑みが零れる。もう日が傾いているのに気付くと、ユーリ達は歩調を速めてハルルへの道のりを辿った。



空には星と月が淡い光を放って夜を照らしている。街が目の前に見えた頃にはもう、太陽は隠れてしまっていた。
ハルルに着くと途端に感じたのは違和感と、耳に沁みる歌声。それは嫌なものではなくて、むしろ心地いい。なんだか守られている気さえ起きた。

「お待ちしておりました」

ユーリ達を目にするなりそう声をかけてきたのは、樹が枯れた原因をカロルから教えて貰った時その場に居た老人だった。手を差し出した彼は、エステルの掌に持っていた物を落とす。ひらりと揺れて彼女の手に収まったのは、淡い桃色の花弁だ。

「お連れの女性から、これをあなた方に渡してほしいと頼まれておりました。ルルリエの花弁です」
「これが、ルルリエの花弁……ありがとうございます。でも、お連れの女性って?」
「アイナの事だろ」
「でも、どうしてアイナが言伝を……まさか、私達の居ない間に街が魔物に襲われて、怪我をして動けなくなっているんじゃ……!?」
「え!?」

エステルの予想にカロルが酷く動揺を始め、言った本人も慌てている。平静を装うものの、ハルカの心中も穏やかではなかった。
本当にそうなっていたらどうしよう。そう思う自分と、そんな事ないと言い聞かせている自分がハルカの中に居た。

そこへ遠慮がちに、老人の声が入る。

「あの、お連れの方なら無事ですよ。魔物にも襲われていませんし」
「ほんとですか!?よかったぁ……」

無事と聞いてハルカは胸を撫で下ろし、エステルとカロルも安堵の息を漏らした。けれどユーリの表情だけは晴れなくて。そんな彼に老人が向き直って言う。

「結界が直るまで自分が代わりになるから安心していいと仰られて、どこかへ行ってしまわれたのですが…姿が見えなくなってからずっと、このように歌が聞こえて止まないのです。何やら歌に守られているように思えて……あの方は、どういったお方でしょう?」
「別に、困ってる人をほっとけないだけだって。そんな畏まるようなやつじゃねぇよ。ほら、お前らも。さっさとよろず屋行って、パナシーアボトル作って貰おうぜ」

ハルカ達をその場に残してよろず屋へ向かって歩き出してしまうユーリに、当然のようにラピードが寄り添って続いた。その背中を追いながら問おうとしたカロルの肩を、ハルカが掴む。なぜ止められたのかわからなくてハルカを見上げると、彼女は静かに首を左右に動かした。

「訊いちゃダメだよ、カロル」
「どうして?ハルカは気にならないの?」
「気になるよ」

でも、と彼女は諭すように続ける。

「でも、ダメなの。カロルにもひとつくらい、あるでしょ?掘り下げて訊いてほしくない事」
「あ……」

僅かに声を漏らして俯いてしまったカロルの髪を優しく撫でる。それからエステルと顔を見合わせてお互い苦い笑いを零すと、三人でユーリとラピードを追った。



樹に近くなる程歌声はアイナを思わせる。根本から見上げる月明かりに照らされたハルルの樹は、昼間にも増して物悲しさを胸に広げた。閉店後だというのにわざわざ店を開けて合成してくれた、たったひとつのパナシーアボトルを持つのはユーリで。その姿を樹が治ると期待を寄せるハルルの住人達が次々と集まっては見詰めた。痛いほどの期待の視線に、ユーリは居心地の悪そうに少しだけ眉を寄せた。

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