魔核(コア)奪還編

21


「じゃぁ、これで森の中歩き回ってみよっか」
「そうだね。行こう」

そう返してくれたカロルが先頭歩き出し、ユーリ達は距離を充分にとって後を追っていく。しばらく進むと、前方から魔物の咆哮が轟いた。するとカロルは素早くユーリの背後に回る。

「き、気を付けて!ほ、本当に凶暴だから……!」
「そう言ってる張本人が真っ先に隠れるなんて、いいご身分だな」
「エ、エースの見せ場は最後なの!」

睨むようにユーリを見上げて反論したカロルの足は僅かだがガクガクと震えていた。しかも、彼の手はユーリの服をしっかり握って放さない。

子どもでなくとも魔物は怖いと思うし、カロルの反応は至って普通だ。少なくともハルカはそう感じていた。正直言って自分も魔物は怖い。だからこそ、彼の緊張と恐怖を少しでも解そうとカロルの髪に手を伸ばした瞬間に、ガサリと大き目の音を立てて巨大な魔物が飛び出してきた。

カロルが悲鳴をあげて、掴んだままのユーリの服を更にぎゅっと握る。

「こ、これがエッグベア……?」

呟くようにエステルに尋ねられても、カロルにはコクコクと頷くしか出来なかった。想像を超える大きさにハルカも息を飲み込む。二メートルは軽くある身長に、逞しい脚、胸、肩、そして腕。まるで自分達なんか片腕で相手をしても充分すぎる、と体で語っているように思えた。

エッグベア、なんてちょっと可愛らしい名前だから、凶暴と言っても愛らしい容子をしているのだとばかり思っていたハルカには酷く予想外だ。

「なるほど、カロル先生の鼻曲がり大作戦は成功って訳か」
「へ、変な名前、勝手につけないでよ!」
「そういうセリフは、しゃきっと立って言うもんだ」

ユーリがいつものように鞘を飛ばして構える。飛ばされた鞘を面倒臭そうに拾い、ハルカは「それにしても」と口を開いた。

「素晴らしい筋肉持ってるね、エッグベアって。特に肩と腕の辺りとか。ラリアットされたら首だけすっ飛んでくよ、きっと」
「い……嫌な事言わないでください、ハルカ」

剣を抜き構えたエステルが、ハルカを背に庇いながら言う。カロルも遅れて武器を構えてユーリの隣に並んだ。再びエッグベアの咆哮が森に轟いて、真っ先にユーリが飛び出していく。それにラピードとカロルが続いた。

「蒼破っ!」

ユーリは左手に持った剣を下から上へ大きく振り上げると、衝撃波となった風が真っ直ぐエッグベアに向かっていく。その衝撃波と共にラピードが鋭い突進から体当たりを繰り出した。しかし、少しよろめいたかと思えばドシン、ドシンとゆっくりした足取りで距離を詰めている。

舌を打ったユーリとタイミングを合わせて、ラピードが背後から斬り付けた。するとエッグベアは怒りを孕んだ短い咆哮と共に豪腕を振り回す。寸の所で後ろに飛び退くが、その拳が避けきれなかったラピードの腹に直撃した。

「ラピード!」

悲鳴ひとつ上げずに吹き飛ばされたラピードに慌てて駆け寄ったエステルが治癒術の詠唱を始める。彼に代わるようにカロルが距離を縮め、勢い良く武器を振り上げた。

「臥龍アッパー!」
「双牙掌!」

カロルの一撃でよろめいた所を間髪入れずにユーリが斬り付け、その直後にエッグベアの顎を下から突き上げるように殴る。殴られたせいで脳が揺れるのだろう。エッグベアは僅かに身体を左右に揺らしながら、ただ立ち尽くしていた。

チャンスと言わんばかりにユーリとカロルは総攻撃を始めた。何度斬られても、エッグベアは中々倒れない。やっと動けるようになったエッグベアは突然、滅茶苦茶に腕を振り回し出した。距離をギリギリまで詰めていたユーリとカロルには避ける時間などなく、まともに食らって吹き飛ばされる。

そしてエッグベアは、標的をエステルとラピードに絞った。ふたりの後ろにはハルカが居て、両手でしっかりユーリの剣の鞘を握っている。戦い慣れていないハルカを危険に晒さないためにも、エステルとラピードは後退する事も避ける事も許されなかった。武器を構えなおしてタイミングを見計らう。

「エステル!ラピード!」

カロルの叫ぶような声が響く中、珍しく焦りを前面に押し出したユーリの姿がチラリとハルカに見えた。このままではエステルとラピードが危ない。自分の、せいで。

「(そんなの嫌だ!)」

そう思った瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。両手で縋るように握り締めていた鞘を後ろへ投げ飛ばし、腰に佩いてある二丁の銃を手にする。銃弾なんて入っていないのに、ハルカは引き金を引いた。

二度の銃声が響き渡る。打った本人でさえ目を丸くした。エッグベアが己の目を手で覆い、悲鳴のような声を上げながらもがいている。

「うっそ……マジで当たった?」

ハルカの口から声が漏れ、その隙にエッグベアの正面に回り込んだカロルは武器を地面に叩きつけた。それによって発生した石つぶてがエッグベアの視界を更に遮る。すると、ラピードがその足元で回転し、銜えている短剣で斬り付けた。グラリと巨体が揺れると、そこへ再びハルカの銃撃とユーリの剣から放たれた衝撃波が襲いかかる。

苦しげな咆哮が次第に消えていく。ドスンと音を立てて倒れたエッグベアは、そのまま動かなくなった。誰ともなく安堵の息が漏れる。ふとハルカの方に向き直ったカロルとエステルが興奮した様子で駆け寄って来た。

「すごいじゃん、ハルカ!目に当てちゃうんだもん、びっくりしたよ!」
「はい!ハルカ、とても格好良かったです!すごいです!」
「偶然だよ、偶然。無我夢中だったし。てか、あたしもびっくりしたよ。まさか当たると思わなかったし」
「それよりカロル、爪取ってくれ。オレ、わかんないし」

そう言ったユーリが息絶えたエッグベアを指差す。僅かに肩を跳ねらせたカロルは、視線を泳がせながら答えた。

「だ、誰でもできるよ。すぐ剥がれるから」
「私にも手伝わせてくだ……」

自ら進んで名乗りを上げたのはいいものの、死体を間近で見下ろし小さく短い呻き声を漏らしてエステルが俯く。彼女の背を優しく撫でると、ハルカは苦笑いを浮べて自分がやると言った。するとエステルが心配そうに彼女を見つめる。

「ハルカは……大丈夫です?」
「平気、平気。カロル、どれ取ればいいかだけ教えて」
「も、もう動かないよね?」
「もし動けるなら、もうとっくに動いてるって。大丈夫だよ」

既にエッグベアの近くに居るハルカがニコリと笑む。カロルは恐る恐る近付いていくと、その背後に気配なく移動したユーリが意地悪に口角を上げて息を吸い込み、叫んだ。

「うわぁぁぁぁっ!」
「ぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!」
「驚いたフリが上手いなぁ、カロル先生は」

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