君の傍に

彼女はどこか似ている


好きでした、続き

看護師として生きている母の背中を見て育ったハルカは、幼い頃いつも寂しいと感じていた。とても忙しい母の手料理をあまり食べた事がなくて、料理があまり得意でない父と手先の不器用な兄の中で、自然と料理というのは身に付いて。

同じような家族構成、同じ職業の父親、近い誕生日と共通点の多い親友が毎日きちんと母の手料理を食べられるのが酷く疎ましかった。大好きな親友にそんな風に思う自分が嫌だと思った。

だから自分は絶対に看護師にはならないと誓っていた。いつかの未来で誰かと結婚して子どもを授かったら、その子に同じ思いはして欲しくないから。

そう、思っていたのではなく誓っていたのだ。誰でもない自分自身に、親友に宣言してまでも誓っていたのだ。

「(なのに、なんであたし、看護学校にしたんだろ……)」

本当に無意識だった。気付いたのは入学式どころか二年目に突入した後だったのだ。

「(馬鹿だな、なんでだ。あんなに嫌だった職業になろうって必死になって勉強してるとか、自分の事なのに謎過ぎる)」

思い返せば母に、思っている以上に大変だから別の職業を目指した方がいいと顔を合わせる度に言われていた気がする。事実、苦手な漢字やら難しい言い回しやらがあって、それだけでも苦労していた。忙しさや辛さに辞めてしまった人だって結構居る。楽しいとも思っていない。親友を探す時間が取れなくなってしまい、ストレスが溜まっているくらいだ。

「(でも、なんでか辞めようと思えないんだよねぇ……ほんと、なんでだ)」

結局答えは出なくて、ハルカはそれを書いたメールを送信した。



自室で疲れた体と脳を労わらず、今日の復習と明日の予習をしていると電話の着信音が聞こえたのでハルカは手を止めた。表示されている相手は、失恋して以来ずっと「お姉ちゃん」と呼び慕う人だった。

因みに親友の兄は、自分が未だに「アイナのお兄さん」と呼ばれているのに会って間もない自分の恋人が「お姉ちゃん」と呼ばれるのが不満らしく、存外長い間落ち込んでいたそうだ。今も不満である事に変わりはないが、口には出さない代わり態度で出ている事に本人だけは気付いていない。

帰宅する車内で、発信前に送った相談のメール。それを読んだ彼女は、仕事で忙しいだろうにわざわざ電話してくれたみたいだ。返信のメールでも嬉しいのに、と思いながら通話ボタンを押して耳に当てる。互いを労った後に他愛のない話から始まる、いつもの通りの電話だった。

ある程度会話を楽しんでから「それでさ」と彼女は言う。

『ハルカちゃんは、お母さん好き?』
「えぇ?何、突然」
『気にしないで。ね、どうかな、好き?』
「……うん。大好きだよ」
『なら、答えは簡単じゃない』
「ん?お姉ちゃん、話が見えないんだけど」
『今日のお悩みメールの、答えじゃないかなぁと思うよ。私はね』

声を出すのも忘れるくらい驚いて、ハルカは息を飲んだ。電話越しの気配でもそれを察したのだろうか、彼女は穏やかに続ける。

『きっと寂しいって思ってたのと同じくらい、お母さんが誇らしかったんだと思うよ。無意識にその背中を追っちゃう辺りが特に。ただ、それでもやっぱり寂しい事には変わりなかったから気付けなかっただけなんだと思うんだけど、どうかな?』
「……そうかも」

そうか、看護師として生きる母は忙しいからあまり相手をして貰えなくて、患者さんが羨ましくなった事もあったけど。自分は彼女を誇りに思っていると言葉にしてみれば酷く納得出来て、どうしてそんな簡単な事に気付けなかったのか馬鹿馬鹿しいくらいだ。

親友に相談したら同じように言ったんだろうなと感じて、改めて思う。姉と呼び慕う電話の向こうに居る彼女は、やはりどこか親友に似ていると。そう思うと無性に、彼女に会いたくなった。会って喉が嗄れてしまうまで話をして、泣いて笑いたい。

「(ねぇアイナ、今どこで何をしてるの?)」

心の中で問いかけても誰も答えをくれなかった。気持ちを切り替えて彼女との電話を楽しむ。

ハルカ自身もまだ知らなかった。再会の時が間近である事も――代わりに数多を失う事になる事も。
始まりはすぐ傍に迫っているというのに、誰もまだ知らない。



END

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