君の傍に

嗚呼、愛しき娘よ 〜ナイレン・フェドロック娘離れ奮闘記1


今日も娘のアイナは比較的早い時間に、駐屯地の食堂に顔を出しました。

食事中のナイレンが視界の端に捉えた銀色の髪に、穏やかな気持ちでいつものように声をかけようと振り向きます。けれど、その「いつもの朝の挨拶」が喉の奥から出てきてはくれません。

愛しい娘の隣に、少年と青年の間という難しい年頃の男の姿があったのです。艶やかな長い黒髪がしなやかに揺れています。彼の名はユーリ・ローウェル。つい一昨日赴任してきたばかりのピカピカの新米騎士です。

遠くから見てもわかるくらい、ユーリは忙しなく口を動かしています。ですが残念な事に、ナイレンの居る所まで声は聞こえてきません。ただ、娘が懸命に彼の話に耳を傾けているのがわかりました。表情の硬いアイナでも、どこか楽しそうな空気をまとっています。

はてさて。それはそうと、彼はなぜアイナと一緒に食堂へ現れたのでしょうか。ナイレンの勝手な印象ですが、ユーリはきっちり早起きをするような人物には思えません。それはどちらかと言うと、もうひとりの新米騎士のフレン・シーフォの方です。

ユーリがアイナの頭を撫でたのがナイレンの目に映りました。その時の彼の顔と言ったら、それはもう照れ臭そうなもので。

するとナイレンの少し寝惚けていた頭が気付きます。その瞳にある熱に、恋をしている事に。

そして、ナイレンは息を飲みました。

「(今……笑った、か……?)」

本当にほんの、ほんの僅かだけれど、ナイレンにはアイナが笑ったように見えたのです。それは彼にとって嬉しい事でした。けれど、なんだか複雑な気分でした。娘の笑顔を引き出すのは自分でありたいと、ナイレンは思っていたからです。

いい年をした大人が、なんて見苦しい。そう自分でも思いましたが、ナイレンは気付けば若いふたりを引き裂くように大きな声を出したのです。

「アイナ!今日も早いな」

パッとこちらを向いたアイナが小走りで駆け寄ってきます。いつものように掌へ「おはよう、お父さん」の文字を残した娘の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でて誤魔化しました。

誰かに恋をする事は、愛する事は、いい事だとナイレンは考えています。

「(悪いな、ユーリ)」

ふて腐れているユーリに視線と、心の中で謝ります。彼には悪いと本当に考えていますが、やっぱりまだ、年の割には小さくておっとりしていて臆病で大切な娘を、手放したくないと思うのです。

今日もシゾンタニアの一日が始まります。

これから静かに対抗する事になりそうだと、ナイレンの口からため息が漏れました。



to be continued...

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