君の傍に

45


シゾンタニアを守る結界魔導器(シルトブラスティア)は、ナイレンが死んだあの日に魔物と化していた遺跡から放たれたエアルの塊によって、機能を完全に失っていた。帝都の騎士達が来たのはナイレンの形式だけの葬儀と、もうひとつ。シゾンタニアを、帝都は放棄するという通達だった。

つまりもう、この街に人は住めないのだ。結界魔導器が街を守れなくなった以上、ここを出て別の街に移り住むしか選択肢がない。

エリノアは、父と共に空っぽになった店内の掃除をしていた。いつも賑わっているここに、常連客のメルゾム達もない。エリノアは父に知れないよう、そっと息を零した。

「(あの子は……大丈夫かしら)」

ただでさえ大きな傷を心に負ったあの少女に、親友と父親をほとんど同時に失った事実は重すぎる。エリノアはあの少女を、アイナを友人として大切に思っているから余計に、心が壊れてしまっていなか心配だった。今日行われたナイレンの葬儀にも顔を出していなかったし、噂では声の出るようになった彼女は、ショックの余り部屋に籠りっ放しらしい。

「(アイナ……)」

またひとつ、エリノアの口からため息が零れる。その時、店の扉が軋む音を上げて開いた。今日は誰も来るはずがないのに、と目を向けるとそこに、今エリノアの思考を支配していたアイナの姿があった。小さな荷物を持つ彼女は寝間着を身にまとっており、エリノアは思わず駆け寄ってアイナを力一杯抱き締めた。

「アイナ!もう馬鹿、心配したんだから!!」
「うん、ごめん。あのね、報告とお願い、ふたつずつ話があって来たの」
「報告?報告って……」
「本日、ナイレン・フェドロック隊長の葬儀後、軍師ガリスタ・ルオドーと騎士コーレア・フェドロックが宿舎内の書庫にて死亡が確認されました」
「何言ってるの!?あなた今ここに居るじゃない!」
「死因はガリスタ氏の魔導器(ブラスティア)実験の失敗による暴発と思われ、コーレア氏は巻き込まれたものと思われます」

困惑するエリノアに向かって淡々と騎士らしい報告を続けていたアイナが、突然ふわりと笑う。その笑顔にきょとん、としたエリノアに彼女は柔らかく告げた。

「だから、もうコーレアじゃないんだよ。あと、コーレアは今日死んだ事にして、これからはアイナとしてユーリと一緒に生きようって決めたんだ」
「ユーリ、って……前にここに来た、あの黒い髪の?」
「うん」
「あなたの事、ちゃんとわかってて告白してくれたの?」
「うん……ユーリは、全部知ってて言ってくれたよ」
「そう!よかったわね、アイナ……幸せになるのよ」
「うん」
「よかった……よかった、ほんとに……!」

込み上げる涙を堪えられずにエリノアは泣いた。震える背中をぽん、ぽんと繰り返し優しく叩きながら、アイナは「ありがとう、エリノア」と言った。そんなふたりの頭に大きな手が乗って見上げると、エリノアの父が嬉しそうに笑っている。彼はアイナを本当の名前で呼んだ。

「君が塞ぎ込んでるんじゃないかって、心配してたんだ。元気そうでよかった」
「ユーリとフレンのお陰なんです。今こうして笑って居られるの」
「そうかい。なら、ふたりに感謝しないとね」
「はい。あ、それでお願いの方なんですけど……私、この通り服ってこの寝間着以外は持っていなくて。いつも制服だったから必要なかったし……髪飾りとかリボンは、お父さんがくれたのが色々あるけど……」

途端にしゅんと項垂れてしまったアイナの頭を撫でると、エリノアの父は待つように言って奥へ行ってしまう。するとエリノアが、涙を拭いながら少し呆れた風に笑った。

「もう、非番の日も制服着ていないでオシャレしなさいって、散々言ったのに!言う事ちゃんと聞かないからこうなるのよ」
「そうかも」

アイナも苦笑いを返す。

奥から戻ってきたエリノアの父が大きな箱を持っていて、彼女は目を丸めた。抱えたまま器用に蓋を空けると、そこには紅梅色の服と真っ白な服、それに黒味の強い赤のブーツがあった。そっと服を手に取ってみると、七分袖のワンピースだった。

フリルのようなスカートが二段、所謂ティアードスカートと呼ばれる形になっており、胸元にはリボンがデザインされている。柄も何もないシンプルなワンピースだったが、女性らしくて可愛い。もう片方は軽い素材のカーディガンだった。

まるで準備してあったようなそれに、アイナはエリノアの父を見上げる。その問うような目に、彼は答えを紡いだ。

「もうすぐ、君達が親子になった日が来るだろう?毎年、アイナちゃんの誕生日みたいなお祝いしてたよね。これは、今年のプレゼントなんだ。早めに準備してしまって、手元に置いておくとフライングして渡したくなるから預かってくれって、あの人に頼まれていた物なんだよ」
「……そう、ですか」

ありがとうございます、と呟く。俯いて唇を噛んだアイナの肩を優しく抱いたエリノアは、彼女が必死に涙を堪えているのを理解していた。ナイレンは死して尚、愛情を示してくれるというのか。アイナは嬉しさと寂しさの混ざった、酷く複雑な気持ちに支配された。エリノアは気を逸らせてあげようと、彼女に声をかける。

「ねぇ、アイナ。報告とお願いがふたつずつあるって言ってたけど、お願いの方は、まだひとつしか聞いてないわよ。何を頼みたいの?」
「あ……うん、あのね?コーレアは死んだ事にしてるから、念のためだけど宿舎で寝る訳にはいかなくて。だから、今夜だけ泊めて貰えないかなぁって思って……」
「なんだ、そんな事ね。いいに決まってるじゃない。ね?父さん」
「あぁ、もちろんだとも」
「エリノア、おじさん、ありがとう」

優しい笑顔で承諾してくれたふたりに、アイナは心の底から笑って見せた。

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