君の傍に

35


赤みがかった長い黒髪が朝陽に照らされて揺れる。花色、と呼ばれる露草の花の薄い青色と白とのグラデーションが美しいリボンで、ポニーテールを作った。このリボンは、アイナのお気に入りのひとつである。

腰に佩くのは、いつも使う細身の剣ではなかった。代わりに右の太股にベルト付のダガーがある。その柄に存在する歯型が、元々は彼女の愛用品ではない事を語っていた。

リボンはランバートの毛色と同じ。ダガーは共闘する時に使っていたランバートの物だった。

彼の死を、受け入れられない弱い自分の、せめてものけじめとして。今回の任務だけは、共に存在するようにと。

「行こう、ランバート」

優しい人に溢れた、このシゾンタニアという街を守るために。



早朝すぐに駐屯地を出たフェドロック隊は、どこで聞いたのか広場で住民達に憂い顔で見送られ、季節外れの紅葉が酷く進行した川沿いを進んでいる。

銀の戦乙女と呼ばれるアイナは、いつも使っている未知の力を全く使わずにいた。否、正確には「使えずに」いる。よって見る者に錯覚は起きず、彼女本来の髪色である赤みがかった黒髪が揺れていた。

彼女がこうして、本来の姿を晒しながら任務に就く事はこれが初めてである。あの力はエアルに直接干渉しているのではないかと考えられており、そのために出来ないのだと隊員達は思っている。ついこの間まで出来ていた事が出来ない……それは、エアルの異常がそれ程に甚大であるという事に違いないだろう。

つまり魔導器(ブラスティア)も、彼女と同等の影響を受けていると考えるのは存外簡単であるはずなのだ。が、しかし生活に根付き普段当たり前に使用出来る物が、そうでなくなるのは「あり得ない」という先入観は、誰もが持っているもの。

それは騎士達とて例外ではない。使えないなんて夢にも思っていないだろう。ナイレンは娘アイナの意見を聞いているし、理解しているのだが。

百聞は一見に如かずと言うし、やはり目の前で見せるのが一番だと先頭のナイレンが歩みを止める。寄り添って隣を歩いていたアイナも釣られて足を止めた。

「ユルギス。ちょっと魔導器、発動させてみ」
「は?はい」

突然何を言い出すんだ、と思っているのだろう。目を丸くしていたが言われた通り魔導器を発動させる。するとユルギスの足元に浮かんだ陣が幾度もぶれ、安定する兆しを見せないまま周囲のエアルを過剰に集めて赤い光を帯びた。素早くナイレンが懐から半透明の札を取り出して魔導器の魔核(コア)にかざす。札に描かれた模様が光って宙に浮かび上がり、途端に魔導器が静かになっていった。

唖然とする隊員達にナイレンはエアルの影響である事を告げる。あっさり言ってのけたナイレンに、ユルギスは困った顔で彼を見た。

「魔導器が使えないんですか!?」
「で、こいつを使う」

ナイレンが隣に立つ娘に、先程使用したのと同じ半透明の札を手渡した。何も言葉を交わさなかった親子は、それでも相手の言いたい事を理解したかのように動く。アイナは隊員達にひとり一枚ずつ、同じ模様の描かれた札を配って回った。ナイレンは娘を眺めながら説明を始める。

「エアルの過剰な反応を抑える術式だ。人数分は複製出来た。ただし長くは持たねぇ。いざっていう時に使え」
「魔導器が暴走する事を知っていたんですか!?」
「だから急いでるんじゃん。あれ?私、昨日言わなかったっけ?結界魔導器(シルトブラスティア)が異常なエアルに影響されてからじゃ、全部手遅れになるって」

珍しく大きな声を出したフレンに目を丸くしながら返すアイナ。そう言われてみれば確かにフレンの記憶には、昨夜ガリスタの所でそんな事を言っていた覚えがある。隊長室でも似たような発言をしていて、ナイレンは「わかってる」と言っていた。つまりこの親子は、あらかじめ魔導器が暴走する危険性を理解した上で来ているのだ。

しかし、他の隊員達はどうだろう。ユーリもフレンも騎士になって一年にも満たない新米であるために、貴重な武醒魔導器(ボーディブラスティア)は支給されていない。ゆえにアイナから、あの半透明な札を渡されていないが、手首に支給品の武醒魔導器が存在している隊員達には、非常に重大な事実ではないだろうか。

「てか、なんでここで言う?」
「出発前に準備させてよね」

シャスティル、ヒスカが似た顔を同じようにしかめて文句を言う。するとナイレンは悪びれる様子もなく、悪戯に成功した子どもを連想させる笑みで言い放った。

「悪ぃ、忘れてた」
「はぁぁぁぁ!?」

双子が同時にそう叫んだのをきっかけに副隊長ユルギスの口からはため息が漏れ、それぞれから文句が出る。中には地団駄を踏む者も居た。ナイレンは、どこか拗ねたように「うるせい!」と言う。そんな姿を目の当たりにして、ユーリは目を細める。

「……大丈夫なのか?あんなおっさんに任せといて」
「大丈夫だよ。お父さんだもん」

思わず口から零れ出た不安に、アイナは自信たっぷりの笑顔で返した。それから半透明の札を配り終えた彼女は、パタパタと父親の隣に戻る。ナイレンの隣という定位置に戻ると、文句の嵐は止んだ。

気を取り直して季節外れの紅葉を歩く。木々越しに少しだけ見えていた沼が剥き出しになると、フェドロック隊は一様に顔をしかめた。酷く淀んでおり、死んだ魔物や骨がいくつも目に入って一同は魔物の現れない訳を知る。シャスティルとヒスカは、不安そうにそれを見詰めて呟いた。

「ねぇ、これ……やばいんじゃないの」
「あたし達もあぁなっちゃうの……?」
「用心しろ。何が起こるかわからん」

ユルギスの緊張を孕んだ声が落ちて、隊はそれぞれ武器を構えて歩き出そうとする。それを短く言い止めたアイナは、誰にどうしたのか尋ねられても答えようとしない。あんなに慕う父親の声すら耳に届かないくらい集中しているらしい。淀んだ水面から目を離さず、まるで探るように睨んでいた。

「居る……!みんな沼から離れて!!」

彼女がそう叫んだのと、ほぼ同時に水面に赤い波紋が広がる。すると突然、アイナが焦った様子でデヴィットを突き飛ばした。彼のすぐ隣に居たカンスケがよろけた体を支える。

その不可解なアイナの行動に何事かと思う間もなかった。デヴィットを突き飛ばした直後、彼女の小さな体が短い悲鳴と共に沼へ引きずり込まれたのだ。

「アイナッ!!」

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