君の傍に

34


薄暗闇から現れた扉をアイナが三度叩く。少しの間を置いて開かれた先から、淡い菜の花色の長髪が見えた。切れ長の目が眼鏡からフレンを捉える事もなく、彼はアイナだけに視線を送る。まるでフレンは居ないかのように、ガリスタは彼女だけを灰色の瞳に映して言った。

「すみませんね、こんな時間に。さ、中へ」
「いいえ、ここで結構です。父に男性の部屋へ入る事を禁じられておりますので」

はっきり断ったアイナに残念そうな顔をするガリスタ。が、彼はすぐ話したかったであろう本題に入った。

「アイナ、今回の出動について隊長に申し開きをしてもらえませんか?君の話ならば隊長も聞き入れてくれるでしょうし」

やっとガリスタの目がフレンに向けられた。その目を細めて「それに」と彼は続ける。

「彼も納得していないようですしね」
「私の気持ちなど……騎士団の一員なのですから」
「私もねぇ、今回のフェドロック隊長には少々困りました。なぜ、わざわざ隊を危険に晒すのでしょう」
「私も、本部の命令通り援軍が来るまで街を守る事に徹するべきだと思います……あ」

言い終わって、しまったと思うがもう遅い。自分は下っ端も下っ端、入隊して一年にも満たない新人なのだ。意見していいような立場ではない。加えてアイナの目の前で彼女の父親の判断を否定するなんて、きっととても怒るだろう。

そう予想していたのにアイナは顔色ひとつ変えず、ただ真っ直ぐに自分よりもずっと背の高いガリスタを見上げていた。そのガリスタの口元が、何か嫌な感じがする風に弧を描く。

「どうやらあなたは、お父様とは違うらしい。いや、以前お目にかかった事がありましてね。今回のフェドロック隊長の行動が、お父様に似ていると思ったものですから。しかしアレクセイ閣下は絶対です。お父様もフェドロック隊長も、命令に従うべきです。フレン・シーフォ、アイナ・フェドロック。あなた方は命令違反とわかっていて、行くのですか?」
「……失礼ながらガリスタ様。今のはフレンと私への侮辱と捉えてもよろしいのでしょうか」
「まさか、そんなつもりは毛頭ありませんよ」

ガリスタが真意を探れぬ瞳でアイナとフレンを見詰めている。

正直言ってフレンは、父親の話を出されるのが嫌いだ。だから少しムッとした。けれど、アイナはそんな幼稚な理由なんかではなく、強い意志を持った瞳でガリスタを見詰め返す。

「騎士の職務は、上司に愛想を売る事でも命令に従う事でもありません。私はひとりの騎士として、娘として父の下した判断に誇りを持っています。それに、仮定の話をするならば、私は援軍が来るまで待機という命令を下ったとしても、この身ひとつで遺跡へ向かいます」
「なぜです?あなたひとりの力で解決出来る事だとでもお思いですか?」
「先程、隊長室でも申し上げた通り、エアルクリーチャーが街の目と鼻の先で出現しています。あれの発生は今回が初めてではありません。新人騎士が来た日、私は近隣の森で山賊や配達人がエアルクリーチャーの被害に遭っているのを目撃しています。その件についてはガリスタ様だってご存じでしょう。エアルクリーチャーが出現する事の意味だって、私に教えてくださったのはガリスタ様ではありませんか」

私をあまり侮らないでくれますか、と鋭くガリスタを見上げている。けれど手を繋いだままのフレンには、触れた所から震え伝わってきた。本当に怖いのだろう。しかし、彼女はそんなのに負けるもんかと意見を続ける。

「魔導器(ブラスティア)はエアルで動く物であり、エアルがなければ動かない物。エアルが荒れ狂う今、エアルを動力として動く魔導器にだって影響は出ます。結界だって同じ事。あれも結局は魔導器なのですから、動力であるエアルが乱れれば異常を起こすのが道理と言えます。結界魔導器(シルトブラスティア)が異常なエアルに影響されてしまってからでは、全てが手遅れになるんです。この世に絶対なんてない。守ってくれている物が、襲ってくるかもしれない……そうなっては逃げる場所なんて、どこにもなくなってしまいます」

ぎゅ、とアイナの手に力が入った。冷や汗に湿った小さな手を少しでも勇気付けようと、フレンも握り返す。

「はっきり申し上げましょう。アレクセイ騎士団長殿の判断は、こんな辺境に住む人々の命よりも式典で整列する方が大切だと仰っているのと同じ事です!そんな命令に従うくらいなら、遺跡へ行って街の安全を確保する方が、ずっといい。それが自分の信念で決めた道ですから、死んだとしても後悔はありません」
「……私も一騎士である以上、この街の責任者には従います。全てを納得している訳ではありませんが、隊長の真意を知りたいという気持ちもあります」

フレンは、自分の口からそんな言葉が出てくるなんて思ってもみなくて言ってから驚いた。けれどフレンにはそれが、自分の真意だと感じられてならない。そう感じてしまうのは、繋いだ手から伝わるこの少女の体温が惑わせているのだろうか?

例え、そうだとしても。

「失礼します。アイナ、行こう」
「うん……ではガリスタ様。私達は、これで失礼します」

この少女に惑わされるのも悪くないと、フレンは揃って深々と頭を下げて目の前の扉を閉めた。パタンと音がしてガリスタの姿が見えなくなる。途端にアイナは座り込んでしまった。緊張の糸が切れたのだろう。長い息の直後に心の声を唇から零していた。

「怖かったぁぁ、やっぱガリスタ様怖ぁぁぁ」

そう言う割には、しっかり自分の意見を述べていた。繋いだ手が震えていなければ、彼女が本当に恐怖を感じているのか疑念を持ってしまう程に。凛とした立ち居振る舞いだった。

フレンもその場に腰を落として、自分の膝に額を押しつけているアイナの頭を撫でる。ゆっくりと上がった焦げ茶色の瞳に見詰められて、彼は少しだけ意地悪に笑った。

「とても格好よかったよ」
「……それはそれで恥ずかしい」
「いいじゃないか、僕やユーリよりずっと男前だったし」
「えー、やだ。最悪」

冗談だと理解してくれているのか、アイナが笑む。まるで彼女の機嫌とリンクしているかのように、窓から差し込む月明かりは穏やかで美しい。

もう雨は上がっている。明日の出動を激励するかのように、今夜のシゾンタニアの夜空は酷く輝いていた。



to be continued...

- 34 -

[*prev] [next#]



Story top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -